今日は、キコとダーリンが初の二人旅。彼の実家に一泊旅行の日です。彼の両親もキコと遊ぶのを楽しみにしているのと、うちの親もキコを相手に疲れていたので(苦笑)、ある意味今日は中休みです。
キコにはかなり前から「パパと旅にいくよー」と言ってあり、ダーリンも二人旅を楽しみにしてくれていたようです。朝はいつもどおり起きて、準備しておいたカバンを肩にかけ、キコと出かけたダーリン。電車に乗っている時間は1時間半。キコのお菓子と麦茶、そして色鉛筆と小さい塗り絵をカバンに入れたのだけれど、長い電車でさっそくお菓子と塗り絵を使ったようです。電車でぐずったけれど、無事に彼の実家に着いて、お昼寝もして、おやつも食べていると彼からメールがありました。良かったよかった♪
私はその間、父に車を出してもらい、母に同乗してもらってミコを抱いていてもらい、役所に出生届を出しに行きました。そのあと、妹夫婦がミコに会いに来てくれました。色々おしゃべりして、笑ったあと、夕方には帰りました。キコのいない日は静かで、入院中のノートを開きながら、久しぶりにやっとBlogをUpできたけれど、それはそれでちょっと寂しいものなのねぇ~(笑)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
ミコは生後10日。まだまだ新生児という貴重な時期にいるのだけれど、とにかく小さくてかわいいです。手足をぐーんと伸ばして、大きなあくびをしたりして、すこしずつ体の機能が増えていく感じがします。
キコは、ミコに興味津々。私が授乳していると、必ず「だっこする~」と寄ってきます。でも首が据わっていないので、抱っこと言っても私かダーリンが一緒ではないとできないので、それが多少不満そう。それでも一緒に抱っこすると、にこーっと笑います。殆ど眠っているミコが目を覚ますと、近くによっていって、積極的にCHUをしたり、「おてて~」といって手をつなぎたがったり、「小さいねぇ」と言うキコです。自分だってまだまだ小さいのにねぇ(笑)
ミコを可愛がっているキコですが、この日はキコと二人で布団に入ると、ものすごく嬉しそう。いつもは横にミコもいるのだけれど、この日は彼にみていてもらって、二人でした。キコは私にべったりで、可愛いなぁと思いました。
年子の姉妹で育った私は、寂しい思いをした記憶は全くなく、むしろ姉妹の楽しいことや得したことばかり覚えているのだけれど、多分この時期は多少は寂しかったかもしれないなぁとキコをみて思いました。ほんの一時のことなんだけれどね。
写真はキコとミコが並んでお昼寝中のおててです。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
夜中の授乳があっても、意外と大丈夫だと感じる私。出産を経験した友達からは「朝晩授乳で大変な時期だと思うけれど」と枕詞のようにメールの書き出しがある。確かに眠いのだけれど、短時間で質のいい睡眠をとっているようです。
それより産後ブルーなのかしら。イライラしたり、カッとなったり、それに対して涙が出たり、そんな気分のむらがあります。実家にいるうちは、母に家事とキコの相手を全部任せているので、家に帰ってからどうなることやら。ただ救いは、保育園にキコを復帰させるので、日中は家事とお昼寝に時間を当てられることです。
今日はサンパウロの友達から携帯に電話がありました。キコと一ヶ月違いの男の子のママで、12月に第二子が生まれます。大変だよね~☆と話しながらも、お互い「なんとかなるよね、みんなやってるんだもん」と笑いあいました。
子育ては大変だけれど、みんながやっていること。それに、ダーリンがいるし、両親もいるし、友達もいるし、保育園もある。なにもすごいことをやることでもなく、子育てというけれど、子どもに育てられるのは親のほうです。構えずに、この時期を楽しまなくちゃ、とも思う日々です。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
明け方、病室から撮った朝の写真。今日も地球のどこかで誰かが産声を上げている。同じ時に、誰かが天に召されている。昔から続く命のリレー。
アクティブバースとか自宅出産とか、出産スタイルにこだわりたかった時期もあったけれど、母子共に無事であれば、どんな出産スタイルでもいいんだと受け入れています。それが逆に自然なことなのだと分かりました。ふふふ、私も年を重ねているのねぇ(笑)
夜中の授乳があるけれど、キコのときより楽だと感じるのは、普通の生活から入院したことと、布オムツではなくて紙おむつだからのような気がします。それに、わずか1-2時間の眠りでも、ぐっすり眠っているし、お昼寝も欠かさずしているから、かなり健康的です。
偶然つけていたNHKで内視鏡手術についてやっていて、ただの帝王切開とはいえ、開腹手術が身体にどれだけの負荷があるのかと嫌でも感じてしまう程でした。看護師長さんが部屋に来て、最後の血圧やらを測っている間、色んな話をしてくれました。無理してはいけないなぁと、感じた私です。
9時過ぎにはミコが沐浴や体重測定、母子手帳に記入があり、9時半にはキコとダーリンが来て、10時には両親も来て、ちょうどお会計となりました。お会計もすんなり終わり、無事の退院です。父の車に皆で乗って帰ってきました。
なんだか早速疲れてしまい、昼食の後、キコとミコとお昼寝をしました。午前半休をとってくれたダーリンは、午後からお仕事です。みんな、どうもありがとう!
| Permalink
|
| TrackBack (1)
天気がいいと思ったら、雨が降っていた狐の嫁入りの朝。ちなみに今日は「お祝い膳」というデザートが夕食につくそうです♪朝からワクワクな私です。
さて、退院診察のための採血や採尿は7時前に終わっていました。明日退院だから、今日はとにかくグータラしようと決めていた私。退院診察で、先生が子宮の戻りや内診、傷の経過を見て、私が母乳も快調です、痛みも収まりましたと話すと、「いい回答ですねぇ、よく頑張りました!最初の時は手術日まで持たないと思ってドキドキしていたんですよ」と言ってくれた。
スカートをはいていた先生のサンダルから覗く足の指先が、濃いピンクにラメがついたかわいいペディキュアに彩られていて、なんだか私はそれが嬉しかった。
今日はキコと両親が来てくれ、父は不要な荷物を持って帰ってくれました。キコとミコは私のベッドに並んでねんねしてます。とっても可愛い。今日のキコは母に抱っこされ「バイバイ!」と手を振ってくれました。
キコを見送った後、ナースステーションに、先生を見つけました。気の利く看護師さんが私に用事を尋ね、先生と写真が撮りたいと話すと、呼んでくれました。キコのときもそうだったけれど、やっぱり取り出してくれた先生と写真を撮りたい私です。
ミコは目をちゃんと開け、先生とパチリ。二枚目では、手を口に持ってくと、先生が「この姿、お腹の中でもそうしてたよね」と言う。なかなかマニアックな会話です。写真を撮ってもらった後、先生に「産婦人科医になった理由」を聞きました。すると、「お産が好きなんですよ!」という。産婦人科医の現状は過酷で、辞めていく同期も多のだけど、無事に赤ちゃんが生まれると、毎回「良かった~」って思うそうです。「自分はまだ体験していないけれど、私はお産が好きなんでしょうねぇ。良いお産に立ち合わせていただき、ありがとうございました!!」といわれました。
私の祖父母や夫の両親、妹の旦那の田舎など東北なので、先生とは東北つながりなんですよね、と話すと、1-2年には東北に帰るとおっしゃっていました。キコのときの先生は、実家が産婦人科だったと聞いていたけれど、この先生は実家は全然違いますよ~と笑っていった。ミコという名前を話すと、良い名前だと言ってくださいました。
子供達は気にしないかもしれないけれど、私はちゃんとあなた達を取り上げてくれた先生を覚えておきたいと思います。キコのときもミコのときも、手術室は楽しい会話で満たされ、若い良い先生に取り出してもらったことを。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
ダーリンから借りた藤沢周平の『蝉しぐれ』を読み終えた。ダーリンの会社の方が、主人公をダーリンと似ていると言ったことで、私は珍しく時代小説を読もうという気になったのだった。実際、似ているのか分からなかったけれど、そう思って読むと面白かった。
今日はミコは、沐浴指導のモデルになりました(笑) そういえば、キコもそうだったなぁと思いつつ、嬉しい母です。午後、母とキコが遊びに来て、私とキコで二人で売店へお買い物。特に買いたいものも無いのだけれど、キコとのイベントになっている。そしてキコはとても嬉しそうにするので、小さい売店だけれど、私とキコには大事な場所になりました。キコは私のベッドでお昼寝し、母にも横になってもらいました。
今週はダーリンも通常通り仕事に戻っていて、キコと母二人で日中過ごしてもらっています。母は、子どもの支援の勉強をしているところで、公園へ行ったり、雨の日でも新聞や広告で遊んでくれているようです。写真を添付してメールをくれるので安心します。母にキコの相手をしてもらい、ほんと、良かったよ~。感謝☆感謝☆
この日はキコは大泣きで、母におんぶされながら帰っていきました。退院まであと少し。キコもよく頑張っています。
病室には、薬剤師や栄養士が訪れ、薬の話や母乳育児、出産後の栄養の話をしてくれました。色々親切なんだなぁと思いました。夜、19時過ぎに仕事帰りの友達が来てくれました。なかなか落ち着いて話が出来ないことが多かったので、一時間ゆっくり今後の話などについて話しました。彼女が買ってきてくれたお菓子はパッケージがとても綺麗♪GERBEAUD(ジェルボー)というブタペストのお菓子屋さんのものでした。
今回の手術の最中、記憶がどーんと薄れていき、気持ち的にとても嫌な感じに襲われた瞬間があります。そのとき、このまま死ぬのは嫌だなぁと、ぼんやりと、でも確かにそう思った瞬間がありました。血圧がぐんと下がったらしく、直ぐに処置してもらい、その後は問題なかったのだけれど、正直、あぁいう思いはもうしたくないなぁと思いました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
朝食を、「焼き立てパンセット」という特別メニューにしてみたけれど、どうも塩味を強く感じ、喉が渇いてしまった私。だいぶ薄味になれてしまったみたいだわ。今日の午前中、ダーリンはベランダの水遣りや郵便を見に家に帰りました。ベランダのトマトは真っ赤になり、今日は収穫して来てくれました。
キコはその頃、実家で母と父と庭のインゲンやトマト、ハーブを収穫しておままごとをしているとメールがありました。ちなみにダーリンの作ったトマトは肉厚で、ジューシーというよりパプリカに近い食感でした。
午後は、保育園のお友達が電車で来てくれました。出産祝いはキコとミコ、おそろいな感じのお洋服。選ぶのが楽しかったと言ってくれました。それから両家両親がそろい、その後私の友達が遊びに来てくれました。
12月出産の友達は、妊娠の実感がないといい、子ども好きのご主人はミコを可愛がってくれ、未婚の友達はおそるおそる抱っこし、筋肉マンになった友達は意外と大丈夫だと抱っこしてくれました。ちなみに二人の友達によるブログでミコは早くもネットデビューを果たしました(笑) そうそう今日はミコにとってはじめての外国人との対面。来てくれた友達のご主人はフランス人だからです。キコも、出産翌日、私の会社の同僚だったフランス人の友達と対面しているから、姉妹揃って初めて対面の外国人はフランス人ということになります。
夕方、小学校に入って最初のお友達が遊びに来てくれました。キコはその頃にやっと人に慣れ、小学校時代からの友達と遊ぶようになってました。
お腹の痛みはだいぶ落ち着いてきました。手術直後、もう手術は嫌だ、って思ったし、それは今もそう思うけれど、横にいる新生児のミコはとても可愛く、痛みをふと忘れてしまいそうです。
この日の夜は、とても綺麗な満月でした。キコの出産は、市の総合病院だったので、満月の前後は緊急の出産が多く、夜中も病院がばたばたしていたのを記憶してます。ここは救急のお産を取り扱うことはないそうで、夜中もとても静かです。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
今日は保育園の夏祭りの日。週間天気予報は雨だったけれど、今日は朝からうす曇り。良かったなぁと思った。シャワーの許可が下り、三日ぶりのシャワーを浴びる。
すごくすっきり、いい気持ち。部屋に戻り傷をみた。前回は傷をホッチキスでとめて、抜糸があったのだけれど、今回は糸も表面のテープも自然になくなるものらしい。そのせいか、肌に黒い金属が留まる前回より、今回はひどくなかった。残っていたストレッチマーククリームやオイルを塗って、伸びたお腹の皮をなでた。あーんなに風船のようだったのに、こんなになっちゃうのねぇ。でもまだぺったんこではないのね(笑)
13時からの面会時間に、保育園のお友達が来てくれました。ちぃちゃん家族とはーすけ君家族。ちぃちゃん家の大きい車で二家族一緒に来てくれました。ママたちは交互にミコを抱き、新生児の新鮮さを久しぶりに感じて歓声をあげていました。パパ達は首が座っていない子は怖いといって抱きたがらず、子供達は赤ちゃんを見て、あとは好き勝手に病室で遊んでいました。キコは久しぶりの友達にびっくりし、恥ずかしいようで、最初はダーリンにべったり抱っこ。午前中にあった夏祭りのビデオを見せてくれたり、保育園で出されたブラウニーをお土産に持ってきてくれたり、お祝いの花をくださったりしてくれました。
わざわざ埼玉からありがとう、というと、これから中華街へ行くから楽しみなんだと話してくれました。とにかく保育園ママとはお互い仕事をしているので話す時間がいつも殆どなく、今日のように時間を創ってくれると、色んな話ができてありがたいし、お腹の痛みを忘れるほど笑い合いました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
朝食には五分粥になっていたし、昼食には七分粥に茶碗蒸しがついてきた。口から食事が取れるのはとても嬉しい。点滴も抗生剤の後から、血管からもれてしまい、はずしてよいことになった。身体も拭いて、パジャマを着替える。とてもすっきりした感じがした。
肩の痛みが強く、看護師さんに話すと、開腹手術で横隔膜に触れてしまうと、たまに肩に痛みが出る場合があると教えてくれた。そして湿布を出すよう聞いてくれて、私の肩の痛みは湿布で治まってくれました。
看護師さんのこういう配慮が嬉しい。毎日の子宮収縮の状態や傷の経過も医師ではなく、助産師さんや看護師さんが行なう。医師はファイルを持って毎日回診に訪れるが、いつも心配事をきかれるだけで、穏やかに部屋を出て行く。
午後、ダーリンと母とキコが来た。母にミコを預けて、キコとダーリンと売店まで出かけた。キコはとっても嬉しそう。キコは電話機を持って「あーうんうん、はーい!あとでメールするね」なんていう会話をするとダーリンから聞いてビックリした。
帰る時、キコは私に初めて「バイバイ!」と手を振った。なんだかキコがずいぶんしっかりしたように思えてしまった。
夜は全粥。すごいちゃんとした食事になった気がして、回復しているんだと感じて嬉しかった。今日はお友達にメールをして、沢山のお友達に祝福されて嬉しかった~。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
午前中も痛いまま、背中に入れた管から痛み止めを使い、座薬も使った。それで落ち着いてきたので、12時過ぎに尿管と背中の管を抜いてもらいました。3時間もすればトイレに行きたくなるから、自分で歩かなくてはいけない。でも管とか点滴を早くはずしたかった。手術着を着替え、看護師さんに身体を拭いてもらい、だいぶすっきりした。
14時、飲みがイマイチだった赤ちゃんが、授乳後ボコボコと乳白色の液体を二度吐いた。びっくりしている私の横で、看護師さんが「羊水を吐きましたね~」と言う。そのまま胃で自然に吸収する子もいれば、この子のように吐き出す子もいるそうだ。彼女は、羊水を吐いてから一気に母乳をよく飲むようになった。
15時半過ぎに、ダーリンとキコが来た。ラウンジまで歩いてみようと思った。キコは喜んで私の手をつかむ。それに応えようとしたとき、ちょうどナースステーションの前だったのだけれど、私は転倒してしまった。医師や看護師が出てきて、私は車椅子で部屋に戻ったのだけれど、何よりキコがびっくりして大泣きしてしまった。
術後24時間たったばかりですし、お腹を開いているんですから痛いのは当然ですよ、よく頑張っています、という看護師さん。お腹を開いていても、普通の生活に戻るためには、出来るだけ日常生活に戻れるように身体を動かす必要があるのは、よく分かっていた。その焦りが私にはあったみたいだった。前の病院もかなりのスパルタだったし。
彼の両親が来て、お見舞いに来てくれた。キコは満たされない想いを埋めるようにお菓子を食べ、「テレビ、つけて」といった。ガスも出て、夕食は三分粥を食べることができた。お腹がすいていたので美味しいけれど、食べた瞬間から胃が痛かった。母乳を与えるたびに子宮が収縮する痛みもあり、小さい悲鳴をあげている。昨日殆ど眠っていないので、今日は眠い。とにかく眠い。母乳をあげつつ、眠っているくらいだった。
夜、整形外科の先生が、日中の転倒に伴う外傷をみに病室によってくれた。両肩が痛いと話してみてもらったが、大丈夫だという診断だった。良かった。
そうそう、赤ちゃんは「ミコ」になりました。二文字なのは、私がりこで、妹がまこだから。そして韻を踏んだのは、ダーリンも最初の二文字、私も、キコも同じ子音だったからです。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
6時半まで熟睡した。7時には検温や血圧、心音モニターがあった。お腹がすいているけど、もう仕方ない。手術着に着替え、太い針を入れて、点滴が始まった。
10時半に妹やキコとダーリンが来て、11時には両親が到着。その直後、予定通り手術室に向かう。以前はベッドで移動だったけれど、今回は歩いて手術室に迎う。それが新鮮だった。家族も手前まで一緒にこれて、直前で「いってきます」と私と別れる時、キコは号泣していた。手術室に入る手前で、手術の説明を再度受けた。
金属のドアが開き、手術台に自分で乗った。部屋にはクラシックが流れていた。事前に好きな音楽があるかと聞かれ、あればCDを持ってきてよいと言われていたけれど、ボサノバはなく、だから私は何でも良いと答えていた。
前回の手術と違い、赤ちゃんを取り出した後は全身麻酔ではない。今回は硬膜外麻酔と脊椎麻酔を使うとのことで、意識はずっとあるそうだ。身体を丸めて、背中に麻酔を打つ。麻酔科の医師の説明どおり、麻酔が広がっていくのが分かる。担当の先生の声が聞こえていた。
お腹を切っていくのが分かる。痛みは無いけれど、刃がお腹を滑って開く感じは分かる。電子メスで子宮を切るときは、肉が焼ける匂いが鼻をついた。前の傷と同じところを開くので、一回目より二回目の方が手術には時間がかかる。赤ちゃんが取り出されるまで30分ほどかかっていた。
赤ちゃんが出てくる時は、にょろりという感覚がある。体の中にある臓器が多分引き出される感じなのだ。私は、手術中に麻酔科の医師や執刀の先生と手術中も会話をする。一回目もそうだった。意識があるのに無言ではいられない。キコが、あかちゃんがびろろーんと出てくるという話をすると、その擬態音がおもしろいと先生はいい、覚えているんですね、と麻酔科医は言った。キコも帝王切開だから、子宮からびろろんと抜け出てくる感じを覚えているのかもしれなかった。
赤ちゃんは、出されて直ぐに泣いた。キコは泣かなかったけれど、彼女は泣いた。すぐに見せてくれた顔を見て、私はすぐにキコと似ていると思った。赤ちゃんは助産師さんと一緒に先に戻り、私の体は縫合に入った。
子宮を縫っているとかお腹の縫合に入りました、という説明を聞いていると、痛みは無いけれど、肉を引っ張る感じもよく分かり、想像力がたくましくなる。
先生に「先生のご出身はどちらですか」と聞くと「山形ですよ」というので、母と一緒だというと、「米沢なんですよ。オペ中に出身地を聞かれたのは初めてですよ」と先生は笑った。
手術は精神的にやはり苦しい。いくら帝王切開でも、やっぱり嫌だ。予定されていた手術だからこそ、オペ中くらい、私もしっかりしていたいし、明るくいたいとおもった。子どもが生まれてくる場所は、冷たい手術室という場所だけれど、場所は問題ではなく、私も先生も迎える気持ちで一杯に満たしたかった。だから、それができて私は嬉しかった。
手術が終わるまで1時間。意識がずっとあるのは新鮮で、担当医がそのまま部屋まで送ってくれ、ダーリンに挨拶をしてくれた。部屋に戻ったあと、麻酔が効いているので気持ちは元気。見届けてくれた家族は遅いランチをし、そのまま帰った。
私は、30分ごとに看護婦さんが来て術後の様子を確認され、でも意外とその時点では元気でした。何より部屋に戻ると母子同室が始まり、私はベッドに寝かせてもらい、直ぐそばに彼女を置いてもらい、欲しがれば授乳した。14時にもう授乳。赤ちゃんもなめる程度だけれど、嬉しかった。妙な興奮状態が続き、これが出産の高揚感なのかと思った。19時の授乳は添い乳の状態ながらも、ちゃんと飲んでくれて嬉しかった。
でも麻酔が切れた夜から、痛みは徐々に強くなり、そばにいる彼女を見て、頑張らなくちゃ、と思いつつ、結局夜中は2時間おきに見回りに来てくれた看護婦さんと会話するほど、殆ど眠ることは出来なかった。体温は38.5度まで上がり、氷枕と冷たいおしぼりでしのいだ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
午後半休を取ってくれたダーと母とキコと一緒に徒歩5分の病院へ。希望していた通り個室に案内された。帝王切開の場合、病院側からも個室を依頼されるのだけれど、それ以前に集合部屋は夫以外部屋に入る事ができず、子どもでもラウンジでの面会のみ。キコと毎日会う私は、個室しか選択肢が無かった。
すぐにパジャマに着替えると、赤ちゃんの心音モニターが始まった。キコのときは2ヶ月毎日あったけど、今回は久しぶりで新鮮。装置もコンパクトで記録はナースステーションで取っているらしい。
病室は4階で、景色がとてもいいわけではないけれど、病院から見える学校もプールも大きな公園もどれも地元の景色で、私にはそれなりになつかしかった。
18時に夕食が運ばれてくるので、その直前までキコとダーリンは病室にいてくれた。正面玄関まで見送ると、キコは大泣き。ダーリンに抱っこされたキコを見えなくなるまで見送った。
私は部屋に戻り、運ばれていた食事をとった。シャワールームをチェックするとちょうど空いていたので、すぐに入った。ストレッチマーククリームやオイルをお腹に塗りながら、明日には対面なんだとわくわくした。
20時から二回目の心音モニターがあり、21時に消灯。これ以降、水分も取れなくなる。普通分娩ならこんなことないのに、と思った。
その後、ダーリンからテレビ電話があった。携帯電話ってすごいのねぇ。私は電話とメール機能しかつかってないし、それ以上のことはしようとおもってない。ダーリンのテレビ電話はものすごく新鮮でした(笑)
キコは画面に私を見つけて、大泣き。泣き声はどんどん大きくなり、私も辛かった。私も二人目を迎える気持ちの準備をしなくちゃ、と今更ながら思いました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
夜中、キコは珍しく「ちぃたんのママ~どこぉ?」と言い、私が「ここにいるよー」と言うと「ちぃたんのママ!」と言いいながら、私に抱きついてきた。私も昨日はキコと一緒に昼寝をして、明日の入院やら今後のことを考えると、眠りが浅く、キコの寝言に付き合うことができて、そのいじらしさに涙ぐんでしまう。
その分、今日の午前中は、天気も悪いし、眠たくて仕方ない。入院の準備の最終チェックをして、キコとままごとやピアノで少し遊んだ後、畳の部屋でぐーたらしていた。
キコは横になっている私の近くに来て、「ちぃたんのママぁ」という。私は「キコ、今日からパパと二人でご飯して、お風呂入って、ねんねしてね。ババとジジのいうこともちゃんと聞くんだよ」といった。キコは「ママと?」と聞くので、「ママは赤ちゃんを産んで来るからね、パパとだよ、大丈夫?」と聞き返すと「だいじょうぶ!」といって頭を縦に振る。
「でも明日はパパとババとジジとまこおばちゃんとみーんなで病院に来てね」というと、「みんなで?」「そう、みんなで!赤ちゃん、でてくるよ」というと、キコは急に「みんな!みーんな!!」といってくるくると笑い始めた。
キコは赤ちゃんが出てくることを「赤ちゃん、びよーん」という。なので、私が「赤ちゃん、びよーんと出てくるよ。キコもびよーんとココから出てきたよね」というと、うんとうなずき、またケタケタ笑い始めた。
「本当は寂しいんだよね」というと、笑いながら「うん」とうなずいた。それがもう私の限界で、キコをぎゅうぅして、一緒にお昼寝をしました。小さい身体で、彼女なりに頑張ってると思うと、上の子の試練とはいえ泣けてきます。私は眠れず、キコの寝顔をずっと見続けていました。さぁ、午後から入院です。
写真は、実家に来てからキコの日課です。朝晩のグッピーと小エビの餌やりで、水槽の前に立って「おーい」と号令をかけてから餌をあげています。出産後、落ち着いたらBlogを更新しますね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
朝からいい天気。坂道を降りて一番近い公園へキコと出かける。明日は午後から入院なので、きっと天気も味方してくれたみたい!ちなみにこの公園、ダーリンが私に大切な言葉を贈ってくれた場所でもあります。
そんなに広くない公園には、滑り台と鉄棒とブランコとお砂場と水道があります。遠くにはみなとみらいが見える公園です。キコは持ってきたスコップなどのセットを持ってお砂場へ。この砂場は昔ながらの砂場で、囲いも何もないので、最初に猫の糞が目に入りました。キコには「とっても汚いから触っちゃダメだよ!」としっかりいうと、そこを回避して向こう側へ歩いてくれます。あとはこちらが気をつけて、手を口に持っていかなければ良いことです。
ブランコをしたり、滑り台の階段は抱っこで登ったけれど、登りきってからはこちらが滑り台の下に急いで向かわないと間に合わないほど、潔く滑り始めたり、お砂場に水を持っていこうかと提案すると、空になったカメのバケツを持って一人水場へ走っていったり、初めての公園なのによくなじんでくれました。
水を使ったお砂場では、どろだんごを一緒に作ったり、穴を掘ってそこに水を入れると、キコは「おふろ、入る!」と長靴で穴に入って、お尻をズドン!としたり、楽しそうにしていました。
アリを見つけては、自分の座っている砂場の場所にアリが来ると、一匹ごとに「おかえりー」といい、自分が水を持ってその場所に戻ると、「ただいまー」とひと声あげています。まだ「おかえり」と「ただいま」が区別できていないけど、なんとも可愛いです。
アリの行く方向に、小枝が落ちていると、その小枝を拾って「アリさん、どうぞー」と道を作ってあげていました。彼女の視点は、みんなに等しく、人も小動物も植物も静物も今は一緒です。それは私に気づきを与えてくれることも多く、ハッとさせられます。
暑いので途中何度もお茶を飲んでもらい、9時前からほぼ2時間ほど遊びました。そろそろ帰ろうかと思った頃、近くの保育園の子どもが遊びに来て、キコは一気に人見知りモード。私の足元から離れず、自分の持ってきた砂場セットに興味を持った保育園の子ども(多分、キコと同じかちょっと小さい月齢)に、「キコの~!」と言い放ったりしていました。公園にはたまに犬を連れた年配の方が散歩に来ているくらいで、私とキコだけで占有していたようなものなので、それもあって好きなように遊べたのかもしれないです。帰りは抱っこで坂をのんびり上がり、私も一緒に砂まみれになって帰りました。
母にシャワーで汚れを落としてもらい、お昼を食べて、二人でお昼寝。明日からの入院、キコは大丈夫かなぁと思いつつ、私もだいぶキコが気になるんだろうなぁと予想して笑ってしまいます。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
実家に置いてある写真たてには、私と妹の小さいときの写真が入っている。父の実家のある久が原での写真と、伯母の家の暖炉の前での写真。写真の中の私と妹は、並んで肩を組んでいるのと、おサルの真似でポーズをとっているもの。
キコは、最初分からなかったようだけれど、彼が「それはママだよ」といってからは認識したようで、「ママねぇ」と言う。そして小さい時の妹をみて、「ちぃちゃん(本人)みたいねー」という。
実家にある古い絵本。よく見ると従姉妹の名前があったりする。懐かしくて読んでみた。「はじめてのおつかい」は今でも図書館や本屋にある絵本。自分が読んでみると、イラストの中にも発見があったりしておもしろい。
それにしてもうちと違って、実家は当然子ども仕様になっていないので、キコは色々やりたい放題。ゴミ箱を車に見立てて「ブッブー、車でーす」と言って、台所から和室まで運んだり、何枚かある鍋敷きを同じ場所に片付けたり・・・。
でも両親は孫に寛容なので、「遊びを自分で生み出しているわ♪」とオヨロコビの様子(苦笑)。当面は、私もそれに甘えています。
どうしても実家では防ごうとしても蚊を完全退治とはいかない。キコが一番刺されるのだけど、ある日また刺された。昔ながらの蚊取り線香が一番効くと母が言うので、部屋を締め切り、蚊をいぶりだそうと考えた。母と私は「蚊、出てこーい」というと、キコは「蚊、出ておいでー、あそぼー、あそぼー」という。一番おいしそうな血の本人が言うと、なかなか魅力的な殺し文句ね(笑)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
Recent Comments