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2004/04/27 移民史料館

昨日は休館だったので、今日もまたセリア先生と「ブラジル日本移民史料館」に行ってきました。一人5レアル(約200円)。1978年に開館したビル3フロアにまたがるの史料館。コロノ(移住地)の生活、植民地建設、生活の工夫や楽しみ、産業、農業、企業の進出などがテーマごとにあり、分かりやすくなっていて、昔の家が再現されていたり、ジャングルに住む動物の剥製もあって、ちょっとビックリ!戸をあけたら、こんなのがいたらやだなぁと思ってしまった。日本語とポルトガル語の併記だけど、日本語が少なくてさらっと流せちゃう展示もあったから、詳細がわかればもっとおもしろいかもしれない。
移民の人の苦労ってすごかったと思う。日系移民のおかげで、ブラジル人の日本人への評価は高いと聞きます。当時隣国からすべて輸入に頼っていたコーヒーの袋を、雄大なアマゾンの土地で、ジュート栽培を成功させ、自国で補えるようなった功績、こしょうの栽培、本当にすごいなぁと思う。
日本人のまじめさは、ブラジルの誰にでも定着してるようです。道をきくのは、日本人や日系人に限るらしいのです。ブラジル人は、道を知らないのに、まるで知ってるように「次を左、その次は右」と言ってしまうらしい。日本人は、正確にきちんと教えてくれるという通念があるせいか私も何回か聞かれました。

夜は高級レストランに行ってみました。「テハッソ・イタリア」。サンパウロ一高いビルの最上階41階にあるイタリアン。ピアノの生演奏をききながら、摩天楼をみながらご馳走を頂きました。ワイン2本、サラダ、メイン、デザート、コーヒーで一人5000円くらい。味もいいし、メインなんて、1.5人前くらいあります。とても贅沢な気分になりました。おいしかったし、大満足(^-^)あぁ、28にして未だに成長中・・・

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2004/04/26 東洋人街リベルターヂ

ポルトガル語のセリア先生の案内で地下鉄に乗って東洋人街へ行ってきました。サンパウロ市と大阪市が友好都市で結ばれた記念から名づけられた「大阪橋」には赤い鳥居がかかっています。看板も日本語、日本食が殆ど手に入ります。選ばなければなんでも手に入ります。私の場合、調味料も有機のものを使っていたせいかこちらで同じものを探すのは困難。日本から友達が来るたびに、醤油や味噌を持ってきてもらっています。それを大事に大事に使っているのです。すぐに買えるところではないと、必然的にエコになります。コンビニはないし、夜は出歩けないし、停電も突然あるし、フェイラ(青空市場)も金曜と土曜日しか近所でないし、食材を上手に使っていくこと、コレが私の最大の仕事です

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2004/04/25 大瀑布 イグアスの滝

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翌朝イグアスの滝を観にホテルから歩くことのんびり20分。国立公園内にあるホテルなので観光客が押し寄せる(と言っても日本ほどではないのだけど・・・)前に滝を見てきました。ものすごい水煙。虹もきれいにかかっていました。何度見てもその偉大さに感動します。せり出した展望台の下は、「悪魔ののどぶえ」と呼ばれる滝。びしょびしょなのに、水が暖かいのが不思議でした。イグアスの滝へ向かう小道、私はヒロの背中をみて、「私はこの人の背中をずっと見ていくのかしら?」と思ったことを覚えています。多分、道が広かったら私は並んで歩くだろうから、そんなことは思わなかったかもしれない。人生って偶然の重なり合い、だからおもしろいのね。
F1を愛するヒロは走って、ホテルへ向かい、私たちはお土産屋さんへ。びしょぬれの服も強い日差しで少しずつ乾き始めていました。ホテルまでの道を歩きながら、きれいな鳥やきれいな花をみていました。日本の露草も咲いていたよ。でも、花が一回り大きかった。ここにはかわいい動物がいます。アナグマたちです。しっぽは長くてふさふさでしましま。人懐っこくて、ピスピスと鳴きます。かわいくて癒されました。
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それから、バードパークへ。国鳥の「トゥッカーノ」やハミングバードなどたくさんいます。自分たちが鳥かごにはいっていくかんじです。トゥッカーノは、あまりの鮮やかさにニセモノみたい・・・それかおもちゃで、リモコン操作されてるんじゃないかと思うほどくっきりと鮮やかな姿です。鮮やかさとは反対で、性格はなんとなくぼけーっとしてて、触られるのもいとわないかんじでした。帰りの飛行機も遅れて、これがブラジル、と感じた週末旅行になりました。
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2004/04/24 20世紀最大!イタイプーダム

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土日でイグアスに行ってきました。一億年以上前から既にあるといわれるイグアスの滝は、世界遺産になってます。私は2回目。2003年の同時期に旅行にきています。
朝から実はハプニング。タクシーに乗ったものの、ドライバーが飛行場が分からず走っているのです。いつもと道が違うので「おや?」と思って話したら、「地図で見たことはあるが、行くのは初めてだ」とのこと。ヒロがナビしていました。飛行場に着いたらオーバーブッキング。VIPルームで待つよう言われて待っていたけど、何の連絡もなしに飛行機は飛び立っており、私とヒロは激怒。私はカウンターをたたいて、大声で怒りをぶちまけておりました。他の飛行機会社も遅れ、結局次の飛行機+おこづかいをもらって、なんとかイグアスへ到着。
まずは、9年かかって出来たイタイプーダムへ。アスワンハイダム(エジプト)を抜いて、総電力発電所としては世界一だとか。ここで、ブラジルの25%、パラグアイの95%の電力をおぎなっているんだそうだ。貯水池面積は、モノの本によると琵琶湖の約2倍あるんだって。海にしか見えない私。イタイプーは、インディアンの言葉で「音の出る岩」という意味なんだって。どうりでかわいい音のダムだとおもった。
それから、3カ国みられる地点に行きました。パラグアイ、アルゼンチンが川向こうに左右にみえるんです。なんだかとっても不思議でした。横浜に住んでいた私が、通勤電車で多摩川を渡るような近さに、言葉も通貨も違う国が二つあるんですから。
そのまま国立公園の中にあるホテルへ。ピンクと白のかわいい外観で、目の前がすぐイグアスの滝というのがすばらしい。

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2004/04/23 ブラジル料理

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金曜日には近所でフェイラ(青空市場)があります。母と妹を連れて行ってきました。殆ど日曜日に行くのですが、同じ売り手のひともいて、安心して購入。ちょっと言葉が分かるようになってきているので、値切ることも覚えています。
そして、今日は私が入っている「ブラジルを知る会」主催のムケッカ(ブラジル料理)の講習会に行ってきました!
ムケッカはシーフードとデンデ油(やしの油)とココナツミルクで煮た地方料理です。ちょっと重たいけど、おいしい!レシピをもらったので、そのうち皆さんに食べてもらえるかも!?
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そうそうこれは、ヒロが大好きなマラクジャという果物。味はパッションフルーツ。でもアジアのとはちょっとちがって、外見は黄色でとても硬い。すっぱいけれど、とても美味しい独特の香りのアルくだものです。そのまま食べてもいいし、ミキサーで種と分けて、漉して、ジュースにしてもとても美味しいんです。
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2004/04/22 大好きな公園

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とてもいい天気。母も麻子も疲れがとれてきたので、イビラプエラ公園に行ってきました。ここは休日ヒロと一緒にウォーキングします。おうちから歩いて15分くらいのところです。
代々木公園のような感じかなぁ。この公園は市政400周年記念で造られたらしいけど、更に今年は市政450周年記念で素敵な噴水ができました。夜はライトアップされて、それもまた美しい。気は抜けないけど、でも広い空とたくさんの緑で、いい気分。
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公園の前には、パンデイラス記念像がどどんと控えています。バンデイラスさんは、植民地時代に奥地を探検して、サンパウロ市の基礎を築いた探険者たちらしい。
公園は大好き。いろんな国にいって公園で時間を過ごす。
電線で区切られない空がみえるのが好きだし、緑がたくさんあってすき。土の匂いがするのもすき。そこでぼーっとするのがすき。イビラプエラは、私が初めて一人で行ったところ。同期が遊びに来たときも、疲れた体をひきずって来てもらった(笑)ただ、この公園でも他の国とは違って、だらんとねっころがってられないし、気が抜けないのが悲しいけど。
マーマが来て、料理もやってくれて、久々に日本に居た気持ちを思い出しました。ここにいて、時間はたっぷりあるけど、当然だけど、家事があり、不慣れな私は3食つくると一日が終わることもある。
マーマと麻子が台所で、美味しい食事を作ってくれて、超しあわせ。ひとがつくったご飯はとっても美味しい。

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2004/04/21 チラデンテスの休日

4月21日水曜日。今日はチラデンテスの祝日でお休み。母と妹が15日間の予定で滞在しているので、ヒロとサンパウロの中心と、港町サントスに蟹を食べに行ってきました~
カテドラル・メトロポリターナは、1954年に完成。40年もかけてできたとか。東洋人街のあるリベルターヂからも見える大きさで、中のステンドグラスはとてもきれいです。ここはとっても物騒なので、移動交番があり、お巡りさんの居る前で写真を撮りました。左右の帝王やしも見事です。
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こちら↓はサン・パウロの方位起点で、リオなどの方角も描かれています。
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チラデンテス(歯抜き)の祝日ってなんだろうと思ったら、人のニックネームから来ていたよ。むかし、金が取れるブラジルの産地では、取れた金の1/5を税として持っていかれて、その取立ては流血ものくらいひどかったらしい。それで、やっぱり革命が起こりそうになった。そのリーダーがチラデンテス。仲間の罪を背負って、彼だけが死刑になって、八つ裂きにされて葬られた。彼はいろんな仕事をしたけど、歯抜きが上手だったから、そう呼ばれたんだって。

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2004/04/17 郵便物

日本からいろんなものが届く。お手紙はじめ、オリジナルの結婚アルバムや、NPO勤務時代のNewsLetter、すてきな櫻の風呂敷、センスのいいレターセット、写真など。私の住んでいるところは、フラッチといって、長期滞在型ホテル。そのため、郵便はすべてレセプション経由で部屋に届くから、ポストを見る喜びとは違うのだけど、本当にとても嬉しい。送料だって、添付の切手を見れば、ごほうび贅沢ランチ一回分に相当するのに、その梱包の手間や郵便局の空いてる時間に行かなくちゃいけないことなんかも考えるとじんわりくる。メールって便利になったけど、飛行機に乗ってきた郵便物をみると、色々想いが募るのでした。

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2004/04/09 パラチー

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4月9日金曜日がパスコワ(イースター)のお休みだったので、金・土曜日の一泊二日で、PARATYに行ってきました!パラチは、サンパウロとリオのちょうど間くらいに位置します。ブラジルを開拓したペドロさんが「天国に一番近い土地」と呼んだそうです。サンパウロから、Dutraという街道をつかって、途中から、OzwardCruzという道に入り、Rio-Santosをつなぐ海岸沿いのみちを使いました。家から片道300キロ、約4時間です。Dutraは、ヒロがサンパウロの日本人学校時代、野球の練習場に行くときに使ったと聞いています。途中で練習グランドのあったYAHAMAも見つけました!
金曜日は朝5時起き、6時出発だったので、パラチーについてからはのんびり街中を散歩していました。18世紀、ミナス州の金を海岸地方へ運ぶための港町として栄えたところです。今はそのコロニアル風の家やポルトガル様式の教会の残る、人気のリゾートです。
2日目は、パラチーの町に面したパラチー湾の先、グランジ湾の点在する離島をめぐるツアーに行ってきました。30人乗りくらいの船で、まわり、途中シュノーケリングしたりしました。また、この日に、二人で初めて絵を買いました~。パラチーの景色の絵です。そうそうここのピンガ(サトウキビの蒸留酒)は、高級品として有名だとか。もちろん即買いしました☆
帰りの道は実は非常に大変でした。船の到着が遅れたために、帰るための出発もおくれ、すっかり日が落ちてから山道ドライブ。ここは、ものすごいヘアピンカーブの連続で、道はもちろんまっくらで、濃霧とどしゃぶり・・・更に、カーラジオが壊れていたために、音が無いのでした。そこで、ヒロが集中して運転する傍らで、りこはお歌を歌っていました。なつかしのアニメの曲から、合唱曲、みんなのうたや、J-POPs、教科書の歌や、ミュージカル、ディズニーソングや童謡。2時間近く絶えることなく歌っていました(笑)さすがに歌い続けて、疲れてしまい、安全で平坦なDutraに入ってからは、うとうとしていまいましたが、2人とも無事で帰ってきました。写真は、貴族階級のために1800年に建てられたパラチーのドーレス教会です。


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2004/03/20 Senna in Concert

3月20日土曜日はコンサートに行ってきました。パカエンブーという競技場で開催された夜21時からの屋外コンサート。今年は、アイルトン・セナの10周忌にあたり、3月21日にはセナの誕生日。3月20日、その10周忌のイベントの皮切りに行われたコンサートでした。出演者は、そりゃーすごい人ばかりでした。実は、私はまだどのくらいすごいか分かりません(笑)でも、ヒロの解説と会場の歓声で凄さがわかりました。
一応名前だけCaerano Veloso, Chico Buarque, Gilberto Gil, Milton Nascimento, Daniela Mercury, Frejat, Ivete ASangalo, Nando Reis e Sandy e Junior です。それぞれ交互に何曲か歌ったり、一緒に歌ったり、最後はみんなで歌っていました。
歌の間に、セナについて語る人がていて、それは、女優だったり、スポーツ解説者だったり、サッカー選手だったり、国民的アイドル(シューシャという子)が来ていました。ビデオレターでは、ルーラ大統領までメッセージをくれていました。最後は、セナのおねえちゃんがやっていました。
ヒロがいうように、小規模ながら、年末の紅白のようなかんじ。北島三郎から、さだまさし、宇多田ヒカル、浜崎あゆみなど、聞いて分かるような歌い手さんばかりが勢ぞろいしたかんじです。Gilberto Gilは、アーティストで且つ、今の文化芸術大臣でもあります。北島三郎が、文部科学大臣になっているかんじ(笑)
陽気で親切なブラジル人を私は好きになり始めています。もちろん、毎日出歩くときは非常に気を張っていて、とても疲れることには違いありません。賞味期限をすべての商品で確認するのも、結構面倒な作業です。でも、それも含めて、ここでの生活が、少しずつ私の日常生活になり始めてきました。

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2004/03/06 サントス!蟹!

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3月6日土曜日に、海辺の街サントスに行ってきました。サンパウロから75キロ南、車で約1時間ちょっとでした。
サントスは、1908年日本からの最初の移民船笠戸丸が到着したところです。今回はサントスよりちょっと先のサンヴィセンチ市で、カランケーヂョ(蟹)を食べてきました。近所のマングローブに住む泥蟹。大きさは手のひらを広げたくらいで、にんにくで味付けがしてあります。やっぱり蟹を食べると、無言になります。白い石の板みたいな小さい台があり、そこに蟹をおいて、木槌でゴンガンと打ち、殻をわり、そのままか、レモンをかけて食べます。おいしかったよ~。あとムール貝も食べました♪これまた美味しくて二人でぺろりと平らげました☆つけあわせのたまねぎもうまかった!そのあと、砂浜をお散歩して、市が運営しているロープウエイにのって、街を見下ろしました。でも、雪山とは違い、下に車がびゅんびゅん通っているので、だいぶ怖かった。
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途中、木に咲く紫色の花が、山一面にあるところに出会い、大変うつくしいなぁと感動しました。

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2004/02/25 レシフェ、オリンダ

2月25日~28日レシフェ、オリンダ
レシフェについて、街中をふらふらお散歩しました。ここは、サンパウロやリオなみに危険ということがすぐ分かります。アイスクリームをたべていると、(ここは現地の果物のアイスが多く、とってもとっても美味しかった。南部の果物がたくさん♪)小学校低学年くらいの物乞いが来るんです。いすに座っていると、高さが同じになって、本当に悲しく嫌な気持ちになる。これは、レシフェでは、交差点でも、海岸でもありました。
レシフェは美しく穏やかな海岸、ボアビアージェンがあります。この海岸、おもしろいのは、物売りの人たちの多様さです。サングラスやサンオイル、凧、帽子、ナッツ、海老や牡蠣、更には子犬、障害者募金やジプシーの手相占いまで来ました。寝そべりながらにして、なんでも手に入ります。

レシフェから、バスで南に1時間弱、ポルトヂガリンニャにも行ってきました。鶏の港という名ですが、黒人奴隷の売買が盛んだった頃、その黒人を「鶏」と呼んだことに由来するそうです。珊瑚礁からなっていて、干潮時に天然プールが出来ます。浸かっていると魚がうじょうじょしてるのがわかるくらい、とってもスゴイんです。本当にきれいだった~。
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レシフェから、バスで30分行くと、古都オリンダがあります。ここは世界遺産。オリンダという名前は、初代知事がここの景色を「オーリンダ!(おぉ、美しい)」と言ったからだそうです。確かにオランダとポルトガルの建築が共存したオレンジ色の町並みと、青い海は美しかった。ただ、積極的なお土産屋さんが多くて、どうも私は苦手でした。
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レシフェのお土産にレースがあります。ラブリー過ぎるイメージから、あまり興味が無かったレースですが、ここで妙にはまってしまいました。ノルデスチ(北東)地方らしいデザインのレースがついた手製のブラウスを購入。とっても素敵でご機嫌です。また、ユニークな表情のフィギュアもお土産としてあり、新婚旅行なので、新郎新婦のフィギュアも購入しました。でもねー、これが、家に着いたときには、一部割れちゃって・・・ボンドでがっちりとめました。

ツアーで、だいたいの旅程が一緒だった人たちがいました。私はニックネームをつけて勝手に呼んでいましたが、挨拶と笑顔だけの私に、みなさん、とても親切で、かわいがってもらいました。言葉というのは重要な道具ですが、その道具が使えない今、私の道具は、目と表情なんだなぁと実感しました。

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2004/02/21 フェルナンド ヂ ノローニャ

2月21日~28日の日程で新婚旅行に行ってきました。北東部の都市レシフェ、オリンダと、フェルナンドヂノローニャ。ちょうどリオのカーニバルの休暇でもあり、飛行場はごったがえしもいいところ。CVCというブラジルのJTBのような旅行会社のパックをつかったこともあり、とにかく人だらけ。すごかったー。
21日サンパウロから飛行機で3時間半のレシフェに入り、翌日、プロペラ機に乗って、レシフェから1時間ちょっと。大西洋に浮かぶ孤島、フェルナンドヂノローニャに入りました。ここは国定自然公園で世界遺産のため、入島制限をしています。ブラジル人も憧れの島だそうです。
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海にぽつんと浮かんだ島は、昔は犯罪者の監獄や、要塞の歴史があります。この島は、美しい海岸と海以外何もありません。ブラジルで一番きれいといわれるサンチョ海岸もここにあります。どの海岸も白い砂浜で、海も波までも青いんです。カメの産卵、イルカの朝食、島特有の植物やトカゲもいます。夜は、満点の星。
娯楽施設といえば、ブラジルの環境省関係の団体イバマ主催の自然レクチャーが夜8:00ごろからスタートします。大きなスクリーンに毎日違うテーマで美しい映像と、おもしろい話で、来た人を楽しませます。階段状の座席は満席。
子供から大人まで集まり、私のように、ポルトガル語がわからなくても、映像で十分楽しめます。
宿泊施設はポーザーダというペンションなのですが、どこになるのかバスがつくまで分かりません。私たちが泊まったポーザーダは2部屋の小さいところ。町のはずれだったのですが、清潔で、静かで、更に太陽光パネルもついていてとても快適に過ごせました。ある夕方、ポーザーダのハンモックに揺られて、うとうと。
島の中は、歩ける距離だし、人もすべて管理されているし、安全で、静かで、とても穏やかな気持ちになりました。なんて贅沢な時間かしら。
要塞や砲台のある歴史地区を歩いたり、ボートツアーや、終日島巡りをして、
美しい海岸でのんびりしたり、早朝はイルカを見に行きました。298匹のたくさんの
ドルフンニョ(イルカ)を見ることが出来ました。どうやって数えたかって?
生態を調査している人が同行してくれて、彼女が教えてくれました。
一体、ぴょこぴょこしてるのに、どうして分かるのだろうかと思ったけど、
研究者が言うんだから、きっとそうに違いない。

食事は海産物や、クレープ屋さんなどに行って、毎回美味しく過ごせました。
ランチも安くて、プリンが美味しいところもあったし♪

25日、早朝にドルフンニョにあってから、レシフェに移動。プロペラ機が
飛び立つと、空が急に明るくなり始めました。そうそう天気は、雨季ということもあり
曇りがちの日ばかりでした。でもおかげで日焼けも過度にせず、
赤道が近いので、日が照ると熱くて仕方ないことを思うと、ちょうどよかったと
思っています。

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2004/02/11 リオ デ ジャネイロ

2月11日にさっそく私の同期が遊びに来てくれました!まだこちらで生活を始めてから、一ヶ月もたたないうちにきてくれたのはとても嬉しかった!13~15日、リオ・デ・ジャネイロに、みんなで行って来ました。飛行機でサンパウロから1時間程度でついてしまう距離で、一日100便以上あるよ。リオは、ポルトガルの探検隊が、ここを川だと勘違いしたらしく、だから、地名は「一月の川」という意味です。ここは、1822年ポルトガルから独立して、1960年にブラジリア遷都まで首都がおかれていたところで、ボサノバ音楽発祥の地らしい♪
早速最初に訪れたのは、「コルコバードの丘」。海抜710mの絶壁の頂に立つキリスト像があるところ。像の高さは30m、体重は1145tもあるそうです。このキリスト像はどこからでも見えます。夜になるとライトを浴びて、闇の中にぷか~んと浮かんで見える姿は、リオを見守っているようなかんじで、本当にきれいなんだよ~。
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つぎは「ポン・ヂ・アスーカル」
海岸と海岸の間にある小さな半島に突き出したへんちくりんな岩で、ロープウエイで結ばれています。最初の乗り場から、海抜220mのウルカの丘へ。そして、二つ目のロープウエイに乗ると、海抜396mの頂上に到着。ロープウエイがなかなか発車しないので時間はかかるけど、とっても美しい眺めでした。
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更にカテドラル・メトロポリターナにも行ってみました。外は地味だったけど、中のステンドグラスはとてもきれいだった。
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複雑な海岸線が入り組むリオは、世界三大美港で、美しい白い砂のビーチばかり。コパカバーナや、イパネマは、聞いたことがあるのでは?さらにリオと言えば、カーニバル!カーニバル間近に訪れたので、町の中はカーニバルモード一色でした。

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2004/02/06 ブラジリア

2月6~7日、ブラジルの首都ブラジリアに行って来ました。
洋史が2年赴任していたところです。職場の仲間がシュラスコパーティを私たちのために開いてくれましたのでした♪サンパウロから飛行機で1時間40分。ここは上空から見下ろすと街はジェット機のような形をしています。このジェット機の中は、整えられた区画に奇抜な建築群があり、世界遺産になっています。1960年、ブラジルの首都は、リオデジャネイロからここブラジリアに移され、世界でも稀に見る過去を持たない首都です。

ブラジリアは、空が広い。ぐるっと360度見渡せる美しさ。建造物の制限があるからだとか。ここでは、どこで雨が降っているのか分かってしまう。それがとてもおもしろかった。サンパウロという都会に住んでいて、ずっと自然をみることが少なく、ここでだいぶ癒されました。空が本当にきれいだったから。
これは「カテドラル・メトロポリターナ」
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青い教会「ドン・ボスコ聖堂」
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三権広場にある「国会議事堂」
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左側、お椀を伏せているのが、上院。右側、お椀が上向きなのが下院。面白いよねぇ~

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2004/01/19 サンパウロ到着

サンパウロに到着しました。
今までたくさん旅行をしてきたけれど、海外に生活するのは初めての私。横浜の自宅に両親と妹と愛犬と27年ずっと住み、家を出るのも初めての私。
12月31日付けで退社し、それでも、1月にはいってから、ちょっとお手伝いしに行って、1月10日に結婚式をして、それからヒロの恩師の居る仙台へ。13日には私の職場と仕事を通じて知り合ったたくさんの、すばらしい人たちにお祝いされ、更に週末にも同じようにお祝い会。改めて本当にありがたいと思う。
私には何にもないのに、たくさんのすばらしい人のおかげで、私があるんだと思う。本当に、私はきっと人に恵まれる星に生まれたんだと思う。とても幸運だと思う。
最後のイベントは、早朝7時集合で、築地にお鮨を食べに行きました。そこから、ずっと徹夜・・・ほかほかカーペットで
うたたねするだけの睡眠でした。

いつもバタバタだけど、本当にこのときはバタバタ×100くらい。準備も終わらず、3日間ほぼ徹夜でふらふら。麻子も横浜に来て、準備を手伝ってくれて、車で、成田へ。愛犬ファッジは、老齢で体調が悪くて、朝、病院へ行っていました。成田で、家族で天婦羅やうどんを食べて、スタバでコーヒーを買っているとこに親友が見送りに来てくれて、合流。更にヒロと御両親も合流して、勢ぞろい。あぁ、行くんだなぁと、このときに感じました。

それにしても、飛行機の中では、最後の日本語放送の映画も観ずに、爆睡・・・あぁ、モッタイナイ。
無事にサンパウロに到着して、メールをつなげたら、朝まで日本で一緒に居た愛犬ファッジーが天に召されていました。私の飛行機が出た30分後です。こうして書いているだけでも、涙が出てしまいそう。16年と9ヶ月、一緒にいたファッジーくんです。私の人生の半分以上一緒。きっと、妹も結婚し、私も結婚して、海外に飛立つのを見送って、天に召されたんだと思ってる。天国から、家族みんなを見守っているんだろうなと。この写真は、結婚式場に連れて行けなかったファッジとドレスをきて写真を撮りたくて、家でドレスをきてファッジと撮った写真。
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