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2004/11/29 ピンクのジュース

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私は果物が好き。だけど、スイカは、小さいときから夏になる度に食べ過ぎてしまった。夏はそうめんとスイカと枝豆で育った感じ。大きくなってからは、敢えてスイカを数えるくらいしか口にしなかった夏もあったほどだ。だけど、スイカの皮のぬかづけは好物で、瓜のシャリコリした食感が好き。
サンパウロにもスイカはある。スイカはメロンシーアという。日本のは円形だけど、こっちのは長丸型だ。そしてでっかいくて、やすい。今日は四分の一を買ったよ。約50円。その真ん中の一番甘いところだけを食べてなんと後はジュースにしてしまうのだ。贅沢な食べ方でしょう?この食べ方、ブラジリアのパートナーのお友達が教えてくれたのだけど、そのジュースの話を聞いたとき、本当においしいのか怪しかった。
だいたい私は加工品が不得手なときもあり、それはメロンのメロンキャラメルが代表的で、同じウリ系だけに、スイカジュースも苦手な匂いがした。しかーし、家で作ってみたら、これはとってもオイシイ☆まず色がかわいい。ピンク色だ。そしてとっても甘い。当然天然の甘さなんだけど、嫌味なく体に吸収される心地よさがある。胃腸が疲れたときには、いいらしい。天然のお薬だ。

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2004/11/28 イーリャベーラ

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朝から雨だった。そこで、島の舗装された道路の端っこまで行ってみた。まず、島は、私が考えるような小さい島ではなかった。日本自体が島だけど、私のいう「島」というのは、行ったことのある伊豆大島とか八丈島の大きさのこと。だけど、イーリャベーラはずっと大きいかった。いつまでも続く道だった。やっと着いて、Uターン。帰りは早く感じるから不思議だ。
島は一周できない。できるんだろうけど、地図では出来ないことになっている。島の半分が舗装道路で、あとは土道のようだ。それすらないところもあるし。
それからペンションから近い海岸へ車止めた。ここなら、海岸はすぐ。海の家があって、そこで私たちは、ビールをのみながら、読書をしていた。すると、わーい!晴れてきた。パートナーは喜んで着替え、海に水浴びしに行った。とてもきれいな海で、足元が見えるほどだそうだ。フライドポテトが運ばれてきたので、海から彼が上がっている間に、日は陰り、雲が出てきた。ビールも飲んだし、本もちょうど章の終わりだったので、ペンションに戻り、サンパウロへ戻った。
来たときとは別の道を使ったら、運転しやすく(もちろん濃霧には出会ったけど)、時間も2時間半で着いちゃった!私たちは、イーリャベーラを気に入ったので、また行くことにしたよ。

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2004/11/27 霧と雷

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イーリャは「島」、ベーラは「美しい」の意味。その名の通りのイーリャベーラに行ってきた。土曜日は乗馬とテニスの習い事があるから、そのあとに、車を飛ばして約5時間。途中ランチの休憩をしているのと、乗馬クラブからの道のりになっているから、時間がかかった。サンパウロから約210キロほどの距離がある。
テニスで靴下の跡が、すっかり残るほどいい天気だったのに、海岸山脈を下りるときは当然ながら、濃霧。天気がよくて、海水が蒸発して、山に当たって雲を生み出す。でも、山を下りないと、海抜800Mのサンパウロから海には行けない。だから、いつだって海までに濃霧と出会う。サントスもパラチーもそうだ。パラチーのときは、使った道がヘアピンカーブの連続で、景色を楽しむ余裕が全然なかったけど、今回はボーっと外の景色を見たり、窓を開けて、霧を皮膚で感じたよ。しっとりと気持ちがいい。売っているような蘭の花が、随所に咲いていた。自然が豊かなんだなぁと思ったよ。平地におりてからは、海岸沿いをずっと走る。途中サンセバスチャンという海辺を通ったけど、いい感じの別荘街だった。

島へは、車ごと乗るフェリーで向かう。島に着いたら、ペンションへ。海はきらきら光って、美しい。夕方だったけど、日が長いので、ペンションのプールサイドでビール。ペンションは、お花がいっぱいでとってもきれいだった。夜は、島の中心部にいった。スーパーも2~3軒あるし、英会話学校もあった。私たちは、海に面したレストランで、夕食をとった。隣に屋外のライブハウスがあって、にぎやかで気持ちがいい。脇の海面に目を落とせば、水が透き通って見えた。
パラパラしていた雨が、ちゃんと降り始め、夜空には雷が訪れた。サンパウロに住んでから雷には慣れてしまった。だけど、海辺での雷は、また違う。いつもはビルの森だけど、ここは空と山と海が、夜によって一体になる。雷は空の部分を光らせて、残った光を山と海に映す。とてもきれいだった。そして、こんな広さを光らせる雷が、すごいと思った。
夕食をたっぷり食べて、気持ちよく飲み、辺りをお散歩した。傘をさして、お土産屋さんやブティックを回る。半額になったショートパンツを買ってもらったよ☆そのあと、本屋とカフェが一緒になっているお店で、カフェを飲み、ペンションへ。道沿いにはたくさんのよさげなレストランがあって、おなかが一杯なのにわくわくした。
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港の街の明かりが、オレンジ色の線になって輝く。妙に懐かしかった。出張の帰り、羽田空港まで父親に迎えに来てもらっていた。安心して眠りそうになりながら、ベイブリッジからみる横浜の景色と、少し似ていたから懐かしいと感じたのだろう。心に景色を持てるのは、とてもありがたい。

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2004/11/26 アセロラ

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ビタミンが豊富な果物の多分一位に輝くアセロラ。日本では缶ジュースでおなじみの赤い実。近くのスーパーで安く売っているので、旬なのかなぁ、お試しに購入した。だいたいアセロラは冷凍の液体パックで売っていて、その状態なら年中買える。でも、やっぱり生を試したかったので、一パック購入した。約90円。きれいに洗って、食べてみた。皮は鮮やかな赤だけど、中はプラムのような濃い黄色。果肉もプラムみたいな感じ。同じ赤でもアメリカンチェリーのような色でもなく、赤っぽい「赤」。形は丸型には違いないけど、巾着にして紐を中心に押し込めたような形・・・うーんわかるかなぁ。で、スターフルーツみたいな星型の種が3つ入っている。どのアセロラにももれなく3つの種が入っていた。本で読むようなビタミンNo.1という感じはしない。
アセロラジュースを日本で飲むときは、その酸っぱさが欲しいときだ。酸っぱいとなんとなくビタミンがたくさん摂れた気がするから、疲れたときとか、日光浴しすぎちゃったときによく飲んでいた。でも、果実のアセロラは、口をみるだけで、すっぱいんだろうなぁと想像できるような酸っぱさはない。むしろ心地よい酸味。えー、でもこの実が原料なんだ
よねぇ、と思いつつ、食べている。

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2004/11/25 市場とテアトロと満足の胃袋

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今日は「知る会」の見学会。市立市場と市立劇場を観に行った。以前も訪れたことがあるけれど、今回は同じ知る会のメンバーでガイドを仕事にしている方の、解説つき。彼女が持ってきてくれた昔の写真からは、今の街並みは想像できないほど、昔は何もなかった。市立劇場のそばには、アリクイ川という名前の川がある。昔、雨で川があふれた後に、魚が残り、蟻が集まり、そこにアリクイが集まった。それでアリクイの川というのが名前の由来。
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豚肉専門店もある。クリスマスに子豚の丸焼きを食べるのが習慣らしく、店員さんが見せてくれた子豚は、2歳。約4800円。ドキドキした。そうそう市場の中ではいろんな果物を試したよ。
これはサポチ↓サルの好物らしい。外皮は薄汚れた感じで、味は干し柿。それをみずみずしくしたような感じだ。
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これはタマリンド↓固い殻の中の種の周りを食べる。
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こちらはカジュ↓カジュはオレンジの5倍のビタミンがある果物で、カシューナッツは上のころんとした種のこと。
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こちらはグラビオーラ↓結構おおきくて、ごつい感じがする。北東部ではおなじみの果物のひとつ。中身は白い。
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こちらはジャンボホーザ↓リオから北で取れる果物で、味はちょっとリンゴに似ている。しゃりしゃりした食感がある。
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これはクプアス↓私の大好きな果物だ。軽石みたいに妙に軽い、お友達の言葉を借りれば、ハリボテのようだ。まだ熟れていなかったので、味見が出来ずに残念。
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これがカカオ↓の断面。
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この黄色い実の中の、白い房を食べる。私は結構好きな味。大きい種を炒って、砕けばカカオパウダーだけど、それはとっても大変そう。白い実をバッチーダにするのもお勧めされた。
それから、みんなでパステル(具入りの揚げパイ)を食べに、市場の中のとっても有名で行列が出来るパステル屋さんに向かった。バカリャウ(干し鱈)のパステウとカルネドソル(コンビーフ)のサンドイッチを注文して、友達と半分ずっこにしたんだけど、超うまかった!!バカリャウはしょっぱいと思ったけど、全然しょっぱくなくて、とってもオイシイ(^-^)更にお勧めのミックスジュースもとっても美味しかった☆胃が美味しく満たされれば、心は軽く、暑くてもパワーが出る。それから、ラム酒入りのチョコレートを試食して、おみやげに買った☆
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そのあと、市立劇場へ。前回も書いたけれど、とにかくゴージャス。カフェで如何に儲かったかがよくわかる。鏡はフランス、クリスタルはベルギー、ステンドグラスはドイツ、大理石はイタリア、床材がブラジルで、当時はヨーロッパのものを取り入れるもの、それを使うのが一番流行っていたからだと言う。いやぁそれにしてもスゴイ。最初の市立市場もこの市立劇場もそしてこちら目の前にある建物もハモスデアゼレイロさんが設計した。前者はネオバロック様式、後者はネオクラッシク様式。劇場舞台のまわりは、ロココ調だった。
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こちらは、カルロス・ゴメスさんの像と噴水。
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市立劇場の下の公園に像がある。物騒な公園で、集団でなければ来れないし、警察に見ていてもらうようにお願いしている。持参のカメラに視線が集まるのを、鈍感ながらにも感じる。さてこのお方は、ブラジルのバッハとよばれた
方だ。市立劇場のこけら落としにゴメス作「ガラニー」を使おうとしたが、当時演奏できる人がブラジルにはおらず、ブエノスにきていた楽隊にお願いして、最初の序章のガラニーを演奏してもらい、あとはハムレットを上演したとか。でも、24時を過ぎたので、途中で終わらせてしまったとか。せっかくのこけら落としなのにねぇ・・・。ちなみに「ガラニー」インディオとポルトガル人の恋愛オペラ。ブラジル版蝶々夫人と言う感じだそうです。
そのあと、自分たちの住む地区に戻り、体を冷やすようにバールでビールを頂きました。話も盛り上がって、今日もとってもいい日になったよ。

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2004/11/24 ニンジャアラワル

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今日はとてもいい天気だ。お昼に友達がランチをしにくるので、珍しく部屋を片付けた。ベランダの戸もあけて、枕をベランダの椅子に干した。お昼近くなったので、枕を取り込んでおこうと、ベランダ出ようとしたら、「ぎょ!」。足があった!!
建物の外壁の塗装をしているのは分かっていたが、人がいることがありえないところにいると、驚きとは違った不思議な感覚に襲われる。だって、うちは23階。ベランダから見下ろす地面ははるかかなただ。目があったので、挨拶を交わしたニンジャは、棒のぼりからすっと降りるように、すーっと下っていった。
そしてベランダはいつもの景色に戻っていた。

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2004/11/23 ブラジルの音楽

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今日は「知る会」でブラジル音楽の勉強をした。発表担当者は、CDプレーヤーをもって、たくさんのCDを持ってきた。時代や地域で違うリズムや楽器、どんな背景で欧米では流行ったか、音楽を作った人たちの経歴や、多くの人が聴いたことのある「イパネマの娘」が生まれたときの話とか、おもしろい話をたくさん知った。そういうことを知って、ますますブラジル音楽をもっと聴いておこうと、興味がぐんと沸いた。
今私が好きなのは、Marisa Monteという女性。先日彼女のDVDを買ったけど、かなり気持ちよく聞いていられる。私が最初によく聞いていたのは、Gal CostaのAquarela do Brasilという曲。二人で結婚式の引き出物の準備をしながら、パートナーが持ってきたこの曲を日本で聞いていた。最初はポルトガル語に馴染みがないから、さっぱりだった。ただメロディを覚えて、「ブラジ~ル」とノッテイタなぁ。これは、ブラジル音楽の超有名な曲であることが分かった。というのも、勉強会でタイトルを聞いて、みんな「???」だった顔が、音楽が流れて「!!!」になったからだ。みんな知ってた。

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2004/11/22 クロスステッチ

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何にもやる気がおきないときというのは、やっぱりある。そのくせ、夏に向かっているはずのサンパウロなのに、家の中は冷えて、私はフリースを膝に掛けている。凍えそうで仕方なく、夕方、近所のスーパーに出かけた。日に当たればあったかく、気持ちがいい。部屋に戻ってきたときは、体も少しはあったまって、その日一日何にもしていないことが悔やまれてくる。
そこで、クロスステッチなるものを始めた。生まれて始めてやってみた。なぜだか、それを始めたことで、今日一日が急に意味のある日に感じてくる。クロスステッチは、職場のお友達が、以前英国駐在していた折に買い集めたものを、私に譲ってくれたのだった。しかも、私が作りやすいものを選んでくれ、小さい作品で、枠も針も糸も説明書も全部セットになっている。素晴らしい。母がよく刺繍をしてくれたのも、どこか記憶に残っていて、出来上がった可愛さが想像できる自分に驚く。
どこから始めていいのか分からなかったけれど、ひとまずクロスを作っていけばいいと、お友達から聞いていたし、説明書から読み取れたので、ぷすぷすとやり始めた。気がつくと、1時間。それでも、3列くらいしか出来ていないのだけど、だいぶ嬉しくなった。そこで夕食を作って終わったあとも、ちくちく。いつまでかかるか分からないけど、なかなか楽しい作業。ひとまず出来るのが楽しみだ☆
完成図が写真になっていても、それとは違う。見ているものは、人の感じ方次第で随分とかわってくると思った。

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2004/11/21 古本市

古本市2日目の午後に、古本市のボランティアに行ってきた。あんなに山積みだった本も殆どない。それでも、ぱらぱらと人は途切れずにくる。非日系のブラジル人もきて、児童書やマンガを買って行った。私が読んだことあるマンガを買ったので、「これ、おもしろいよ」とその20才くらいの子に言ったら「ぼくは、日本語を勉強しています。一年です」と
言った。日本語に興味を持ち、勉強している子を見るのは好きだ。何か応援したくなる。
17時には片づけをはじめ、残った本を、来年に回すもの、日系人の老人ホームに寄付するものに仕分けし、部屋へ運ぶ。さらに展示用の机を片付け、終わったのは18時前。売り上げも去年より伸びたようで、嬉しくなった。
寄付先の人文研究所のおじさんたちはとても親切で、私が今読んでいる移民をテーマにした小説の質問を嬉しそうに受けてくれた。「平野運平さんの息子のジョゼはどうなったんですか?」と聞いたのだ。そうしたら、「うーん、聞いたことないなぁ、君、ぜひそれを研究したらどうだね?」と言われて、いやはや困ってしまったよ。

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2004/11/20 駐妻

駐在しているマダムのことを、駐妻というらしい。ハノイのホテルに勤めている高校の友達が、私へのメールで「りこちゃんも駐妻ぢゃ~ん!」と言ってきた。馴染めない音だけど、駐在員夫人っていうのも柄ではないし、駐妻のほうが、多少はしっくりくる。
ところで、私は駐妻を、自分と合うようなタイプの人たちだと勝手に決め込んでいた。それなりの企業に勤める人の配偶者だから、きっとそれなりだろうと。でも、それは当然ありえない現実だったし、駐在員の多いサンパウロでは、自分が合う人とだけ付き合うことがむしろ自然だ。
夜、東洋人街にある沖縄料理屋に行ってきた。私の友達と私たち夫婦。年こそ違うが、話が合うから止まらない。ゴーヤチャンプルーを食べながら、ビールを飲み、その後は彼女のうちに行って、ワインをご馳走になり、壁に掛けてあるさまざまな絵や写真を見せてもらった。家族の歴史が垣間見れる。ただのおもしろい写真も、話を聞くと、言葉が音楽のようになり、写真は動画に変わる。彼女の話は、私に前向きの勇気を与えてくれる。そういう出会いがあった私は、とてもラッキーだと思う。

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2004/11/19 本の山

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明日から二日間、サンパウロ人文科学研究所の資金カンパを目的とした古本市をやる。そのための準備にでかけた。友達に軍手を借りて、まずは集まった約3000冊の本や雑誌の仕分け。ダンボールから、ハードカバー、文庫本、専門書、全集、雑誌、マンガ、ハウツー本、ガイドブックや料理の本。さらに文庫本は推理小説や歴史物、外国人作家のものなどにわけた。ホコリで、顔が痒くなった。
私が参加する「ブラジルを知る会」が主催になって、日本に帰国する駐在員から引き取ったり、友達に声を掛けて集めた本やビデオを出している。この古本市も6年目になるそうだ。私たちが集めた本が殆どだけれど、日系人からの
寄付の書籍もある。中には価値のありそうな古いマンガもあり、びっくりした。価格は日本円で40円から高くても200円の間で売られる。全集などにいたっても、全部で2500円程度だ。あまりに汚れが目立つ古い本や、上下が揃っていない本などは、無料にして持って行ってもらう。
当日は他に知る会のメンバーの手作りのお菓子やビーズの即売などもあるそうだ。私は本を並べるお手伝いをしたが、他のメンバーの一部はお菓子作りをしているとのこと。材料費の実費は会費から出すが、あとはもちろん全てボランティア。日本語の本が欲しい一人でも多くの人の手元に、本が行き渡るといいな、と思う。
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2004/11/18 歯の矯正

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今回一時帰国でみんなにびっくりしてもらいたくて、ナイショにしていたけど、実は3月から私たちは歯の矯正をしている。小学校の時には、上の前歯の裏にも歯が生えて、それを抜く口腔外科の手術をして、親知らずは上だけ2本抜いている。
ブラジルでは、八重歯をなくしてもらった。といっても、八重歯を抜くのではなくて、脇の歯を抜いて、矯正器具で動かした。今はかなりいい感じになっている。八重歯をチャーミングポイントという日本人には多い。たしかに「八重歯が不細工だね」といわれるよりは、「八重歯が可愛いね」といわれるほうが、気分はいい。でも、私は嫌だったのだ。写真に写るとき、八重歯の陰になった歯が暗く写って、すきっぱのように写るし、八重歯に唇がひっかかって歯紅になるし、歯ブラシはすぐ痛む。幸いブラジルでは、日本の10分の1の費用で矯正が出来るのが、大きなきっかけだった。
私の先生は、東京医科歯科大にも留学したニッケイ2世で、腕がいいとかなり評判がいい。歯医者さんも先生のところに矯正をしにくるほどだ。さらに当然日本語で会話できるから、心配しないで診察が出来ている。
そうそう「私たち」と書いたけど、パートナーも噛み合わせを良くしたくて、矯正を一緒にしている。毎回それぞれ処置が違って、傷みも異なるけれど、装置をつけたばかりの頃や、ちょっと締めた後、お互い痛みの話ができた。二人でやったから、食事も気を遣うことができたし、痛みも分かるからよかったと思う。

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2004/11/17 コヘイオ

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郵便局のことをコヘイオという。私はお手紙や葉書きを書くのが好きだから、コヘイオに行って、切手も買うことも多い。久しぶりに郵便局へ行ったら、日本までの郵便が値上がりしていたよ。今まで、1.75レアルだったのが、1.90になっていた。しかも、葉書きも封書も一緒の値段。絵葉書出だすのが損した気分になっちゃう。小包は1kgあたり38レアルだったのが、60に上がったらしい。
コヘイオに、気を許してはいけない。絵葉書の切手のスペースが少ないから、細かく1.90分の切手を貼らずに、1の切手を2枚貼ったりする。さらに、日本の友達に出した郵便が届いてないこともあるし、ミュンヘンの友達が、私の結婚式に来てくれたときの写真入の封筒は未だに届いていない。でも、2月に出した葉書きが9月に届いたこともある。郵便が手元に届くのは奇跡的なものなんだろうか・・・。あなどれないコヘイオめ。
ちなみにコレはポスト。形はお医者さんバックのようにみえる。地面から背の高さくらいのところに生えている。
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2004/11/16 ラザニア

私はよく写真屋さんに行く。フィルムで撮る写真が好きだから。それとは別にも写真屋さんに行く。それはとても仲のよいご近所さんだから。「ラザニアを作ったから、お昼までに取りにいらっしゃいませんか?」と朝電話があった。雨が降っていたけど、すぐだから、すぐ取りに行った。ラザニアと野菜のおかずも作ってくれていた。夕食に頂いた。青梗菜の歯ごたえが気分のいいオリジナルのラザニア。とっても美味しかった。酢で和えた野菜もとってもおいしい。
写真屋のご夫婦は日系2世。日本語は問題ないのに、自身は「私たちの日本語は古いでしょう」と笑う。でも、「みなさんの日本語は丁寧だから、こちらがはっとさせられるんですよ」と私は言う。本当にそうだ。流行の言葉は、すぐに古くなる。でも、昔の古い日本語という、彼女たちの話す丁寧な日本語は、むしろ美しい。
ところで写真屋さん一家は、日常会話はポルトガル語だから、私とのレシピ交換では、想像力を使う。今回のラザニアに入っていたエスカローラは、全然わかんなかった。エスカローラはチンゲンサイのことでした☆

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2004/11/15 お散歩

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MASPという美術館がある。パウリスタ大通りに面していて、パートナーと一緒に行ったことがない。この日は休日だったので、一緒に出かけてみた。休日につき、美術館は休館だったけれど、お散歩にはちょうど良かった。
街の中はすこしクリスマスモードになっている。MASPのそばにあった銀行は、だいぶゴージャスに飾られていた。ちょうどクリスマスの置物のビニールを外しているところだった。ブラジルの銀行は、今とっても景気がいいらしい。一目で分かる。それから、ランチをして、本とDVDを買って帰ってきたよ。家に帰ってきた頃には、雲行きが怪しくなり、ぱらぱらと雨が降ってきた。そのあと、夜まで強い雨が降っていた。

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2004/11/14 クーニャと初体験

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サンパウロから、217kmにあるクーニャという街へ行ってきた。ここは山の中にあり、標高もサンパウロより高い。小さい街で、ここの見ものはセラミカ(陶器)のアトリエ。周囲には10キロ以上離れたところに滝が点在している。セラミカのアトリエも、街の中に点々としていた。お土産屋さんでもらった街のパンフレットをみながら、車で回る。日本で見るような陶器が、ブラジルの色彩や形にかわって販売されていた。値段も幅があり、私たちはいくつか見て、小皿を買った。最後に訪れたアトリエは、ミエコさんという女性がやっていた。彼女のところには、なんと登り窯がある!彼女は、日本から約30年前に来て、ここで陶芸を始め、広げた女性だ。日系2世と結婚して、この地に住んでいる。クーニャがどうして、陶芸の街になったのかと聞いたら、彼女が静かで気に入ったからだという。別に土がいいとかそういうわけではない。彼女たちの元で弟子入りした人たちが、この街に住み、自分たちの陶芸作品を売るようになった。それで、この街はセラミカの街として有名になったのだ。私たちはここで、色違いのおちょこを買った。ちなみに登り窯は、1年に3回火を入れるらしい。
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ところで、私たちは警察にお世話になった。クーニャに向かう山道。交通警察出張所があって、そこの検問でのことだ。運転免許のほかに、必要な書類がなかったのだ。結局、職場の総務の方がファックスしてくれたりして、問題はひとまず解決し、3時間後にはクーニャに向かっていた。
それにしても、私は警察官を見直した。こういう国では、賄賂とかでどうにかなっちゃうと思っていたけど、そんなそぶりも見せないし、彼らはきちんと筋を通していたし、必要な書類なども教えてくれた。しっかりと仕事をしていた。
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私は、待っている3時間山の中の景色を楽しむことにした。マンゴーの木があって、小さいマンゴーがたわわに、鈴なりになっていた。グラジオラスが咲いていて、そこにはなんとハチドリが来たのだ。私のすぐ目の前に!二人いた警察官の一人が、裏庭に連れて行ってくれて、池にいるアヒルの一家を見せてくれた。小さい4匹の子アヒルが、母アヒルに連れられてちゃぷちゃぷ泳いでいた。トカゲもいたし、尾がものすごく長い鳥も見た。しずかな静かな時間だった。警察官のみなさんと一緒に写真を撮って、ドライブ用に持ってきていた日本のおかきをプレゼントしたよ。帰り道も警察の前を通らないとサンパウロには戻れない。窓を開けたら、気がついてくれて手を振ってくれた。担当のブランコさんはいなかったけど、ちょうど山道から出るときに、パトカーに乗るブランコさんとすれ違って、お互い大きく手を振った。
パートナーは長距離ドライブと警察のことでだいぶ疲れてしまっていた。でも、警察の人ともこんな交流が出来て、それはしたくても出来ない体験だということは、お互い納得だったので、すべていい経験だったと思ったよ。帰り道の夕焼けがとてもきれいでした。↓すずなりマンゴーの木。
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2004/11/13 すぐそばの畑

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朝は曇っていて、乗馬のクラスへ向かう道では小雨が降った。でも、天気はもって、乗馬は曇りの中で終えられた。馬をコントロールするのが難しい。並足から早足、早足から駆け足にするとき、足で腹を蹴るけれど、それでも動かないときは、手綱を短く持って、手前に伸びた部分を、左右に振って、鞭にして馬の首をはたく。馬は驚いて、急に前足を高く上げたり、急に勢いづいて駆け出したりする。私はそれが怖い。別に落馬したこともないけど、バランスをくずして、冷や汗ダラダラになる。
スポーツは怖いと楽しいが一緒にあることが多い。スキーやダイビングがそうだ。私の場合、スキーのスピード、ダイビングではパニックが怖い。だけど、それを持ちつつ、雪面をシューシューっと滑りぬける気持ちよさや白い世界の景色がいい。水の中は静かで、日差しが海面で揺れて、砂底に描く光の姿は、それだけで気持ちの奥に絵として残るほど美しい。魚のなめらかな動きやあざやかな海藻は、どこか自分を振り返る機会を与える。
テニスは、先生と一対一のクラスだから、怖いことは一度もない。スマッシュのとき、ボールを見失って、自分に落ちてきても、痛くないくらいのスピードしか、ボールは持っていない。先生に向かって正確に打ち返すことも、サーブで目指すコートにボールを落とすことも、未だに難しい。
テニスコートの脇には、小さいプールや宿泊用の小屋、そして3週間前にはレストランができた。今は仮オープンで、メニューを調整したりしているらしい。私たちは土曜日最初のお客様になって、やっぱりフェイジョアーダを注文した。
最初に、すぐ下の畑で取れた野菜でつくったサラダをサービスで出してくれた。食用のお花のついたきれいなサラダ。なんだかそれだけで、とっても嬉しくなって、乗馬の怖い思いが薄らいでいた。来週もがんばろう。

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2004/11/12 雲が早い

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雲が早い。どうしたもんだか、ぐんぐん流れていく。誰かが、掃除機で吸い取ってるみたいに、早いよう見える。今日は朝からずっと晴れている。気持ちがいいくらい、さわやかないいお天気だ。上の写真は、流されている雲の写真。
・・・と午前中思ったら、今は雲はそこにたたずんでいる。空に空の写真がはめ込んであるみたいだ。
今日絵葉書が届いた。絵葉書は嬉しい。どこから届いても嬉しい。たくさんの人の手を介して、飛行機に乗って、ここに届いたことも嬉しい。旅先で思い出してくれたのも嬉しい。文字から、友達が想像で来ちゃうのは楽しい。だから、旅先で私も絵葉書を書いているんだと思う。
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2004/11/10-11 交換っこ

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私は近所の写真屋さんと仲がいい。日系人の一家がやっていて、とても親切にしてくれる。料理も教えてもらったり、調味料や野菜は、ポルトガル語教室のような感じだ。
私は以前アルジャーの花祭りでシソの苗を買ってきて、育てている。だから、最近冷やっこにはシソばかり乗せている。だって、育って育ってどんどん葉が出てくるから。そこで、写真屋さんにおすそ分けした。きれいに洗って、ラップした。そうしたら、お返しに翌日、聞くだけで美味しそうなパンのレシピと、パンには欠かせないイーストやココナッツを
わざわざ買ってきてくれた。確かにイースト菌はどこにあるのか今までわかんなかったから、とても嬉しい。
こういうお付き合いって、ブラジルで知った心地よさだなぁ。

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2004/11/09 いろんな勉強

「ブラジルを知る会」の勉強会に出てきた。みんなと会えるのは嬉しい。いろんなことを知ることが出来るのも、嬉しい。さらにこの日嬉しかったのは、メンバーの一人が来年の4月にはママになるというニュースだった。パートナー同士が、日本人学校の同窓生だから、彼もとても喜んだ。
メンバーに、私が今後の計画を述べて、ブラジルではその予定はないと伝えると、「子供は計画通りに行かない」とか、「天からの授かりもの」などと、みんなからのアドバイスを受ける。みんな説得力がある。確かにそうなんだけど・・・ね。まだ二人で遊んでいたいよ。

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2004/11/08 最初で最後のお客!?

サンパウロのイタリアンは美味しいという。それはイタリア移民がたくさんいるから。イタリアンレストランが多い場所もある。家から歩いていけるところに、レストランはいくつかあるのに、なかなかいけていない。「近所」とはそういうものかもしれない。そこで、この日は近所のレストランへ行ってみた。イタリアンで、最初のお客様になってしまった。
だいたい夕食7時とか7時半にレストランに行っても、お客は少ない。食事が終わる頃になると、賑わいを見せる。ブラジル人の夕食は遅いみたい。でもこの日はずっと私たち一組だった。う、まさか最初で最後のお客!?静かさがちょっときになったけど、ラザニアは美味しかったよ~

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2004/11/07 フェイラ

私たちは日曜日にフェイラに行く。パートナーと一緒に行きたいからだ。久々なのに、みんなよく覚えていてくれる。それがとっても嬉しい。一ヶ月の間にトマトの値段が安くなっていたけど、ルッコラが高くなっていた。料理意欲の増している私は、マンジューバという小魚を買おうか迷っていた。そこにお友達が来て、食べ方を指導してくれた。ほんと私はいつも人に助けられて生きているのを感じる。
その夜、マンジューバを教えてもらったとおりに塩コショウして、小麦粉をまぶし、ワカサギのように揚げてみた。レモンを絞って、おいしく頂けた。残りはマリネにした。むふふ、いい感じだ。

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2004/11/06 ひさびさの運動

土曜日の午前中は、乗馬とテニスの習いごとがある。一ヶ月のお休みから復活した最初の授業だった。筋肉痛は覚悟している。乗馬にはソフィアという新しい生徒がいて、これから一緒にやることになった。久々に乗馬したけど、体はちゃんと覚えていた。乗馬用語のポルトガル語も忘れていなかった。最後に駆け足をちょっとだけやった。馬がふっと軽くなって、自分が飛んでいるような感覚を味わった。乗馬って素晴らしい。
その後のテニスは、ボールを見ることから。変わらず下手だったけど、劣ってはいなかったと思う。お昼は、久々のフェイジョアーダ!!日系人のお友達から教えてもらった東洋人街にあるレストラン。独特の味が、嫌味にならない美味しさで、胃袋があぁ、ブラジルに戻ってきたんだなぁと感じた。DVDを借りて、ワインとチーズでこの日を終えた。

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2004/11/05 ポ語

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一ヶ月ぶりのポルトガル語に出かけた。今月から先生と、テキストを離れて、ちょっとずつポルトガル語で話すことになった。ドキドキしてきた。機体故障でニューヨークに一泊した日、英語が出ずにポルトガル語が口を吐いて出た。結局わたしはどっちも中途半端になってしまっている。文章を話そうとすると、英語になってしまうし、でも単語はポ語だ。両方中途半端であることが分かる。コレはいけない。がんばってみよう。

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2004/11/03-4 元気ハツラツ

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その後わたしは、元気ハツラツ。一ヶ月の主婦休業もあって、料理もやる気まんまん。本を買ってきたということも理由のひとつだけどね。久々に料理本をひらいて、読み込んでいく感じも新鮮に感じる。
ワイシャツのアイロンも嫌じゃない。苦手な揚げ物も中華なべを使う料理にもチャレンジ。片付けもガンガンはかどる。
我ながら、休暇にすごぉぉい効果があると思った。

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2004/11/01-2 よく眠る

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一ヶ月あそびまくったせいで、私はサンパウロに戻るなり風邪を引いた。飛行場で渡してくれた母のチーズケーキと、餅を揚げたおかきを食べて、父がくれた風邪薬を飲んで、パートナーが、植物人間かとおもうほど、私は寝続けた。主婦を放棄して、36時間ほど眠っていた。途中、彼がフルーツジュースを作ってくれて、それだけを飲んで、とにかく寝ていた。無理やりではなくて、眠かったのだ。
36時間眠ったら、口から、なにかがポコッと抜けた。多分あれは風邪菌だったに違いない。私があまりに眠るので、風邪菌はつまらなかったんだろうとおもう。眠りこけている間に、夏時間になり、日本との時差は11時間になった。なんとなく、近くなった気がした。

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2004/10/31 出国4時間前はスピーチ中

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今日はサンパウロへ戻る日。と同時に友達の結婚披露宴の日だ。せっかくの披露宴、やっぱり晴れの日にふさわしく、私は訪問着を着ることを決めていた。海外で生活するようになってから、ニホンジンの意識がちょっとは芽生えたような感じがする。
6時には起きて、美容院で頭を結い上げてもらい、自宅に戻って、母に着付けてもらった。水色と緑色の間のような、うつくしい訪問着。母が、結婚のお祝いに贈ってくれたものだ。9時過ぎには家を出て、父に送ってもらい横浜の老舗のホテル「ニューグランド」へ。夜中はものすごい雨風だったのに、小雨もやみ、雲が残っているだけだった。久々に会う友達や上司たちに、私は嬉しくて仕方ない。パートナーを紹介して、挙式にも参加し、披露宴へ。私はスピーチをすることになっていたけれど、緊張より、新婦の美しさと喜ばしい気持ちでいっぱいだった。本当に嬉しかった。無事スピーチを終え、新婦の読み上げる両親への手紙に涙していたが、気がつくと時間が迫っていた。中座するのは、だいぶ心苦しかったが、飛行機に乗り遅れたら大変だ。手紙が読み終わったところで、宴会場を後にした。
ホテルの更衣室で、きものをがさっと着替え、スーツケースを積んだ車で両親に拾ってもらい、そのまま成田へ。ベイブリッジを渡るとき、雲は晴れていた。チェックインして、パスポートコントロールが終わってから、私は結いあがった
頭を洗い流したくて、シャワールームへ。でも、なんと満室。しかし、私の髪をみた受付の女性は、24時間のフライトの旨もきいて、割り込ませてくれた。15分で髪を洗い流し、化粧も落として飛行機に乗り込んだ。

今回は、両親のおかげでほんと自分の欲を満たせたと思う。妹にもだいぶ世話になった。未だにわたしは甘えている。私は一ヶ月何にもしなかった。料理も洗濯もなーんにもしなかった。全部両家の両親にやってもらった。家に帰れば、美味しいご馳走とふかふかのお布団が待っていた。本当にありがたい。どうもありがとうございました。

そしてやっぱりパートナーにも感謝。毎日予定がある一ヶ月だった。滞在中の予定をAM/PMに分けて、エクセルで表にしていた。何もない日がない、予定表だった。休暇で日本に帰国したのに、たぶん休まらなかったと思う。でもおかげで私はとっても楽しかった。本当に楽しかった。ダーリン、本当にありがとうね☆

私はとても恵まれていて、本当に幸せだと思う。

サンパウロについて、いつもお願いしている人が迎えに来てくれていた。おかえりなさい、と言ってくれる。私はとても嬉しかった。私たちには、そういってくれる人がいる。なんて幸せなんだろう。

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2004/10/30 ご馳走だらけ

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パートナーの両親に、うちに遊びに来てもらった。花を飾り、掛け軸もちょうど季節に合うからと、母が出していた。妹の結婚が決まった、両家会食のときも出ていた、この掛け軸だった。母の手作りの美味しいスイートポテトを頬ばりながら、ビデオ鑑賞会。私たちは結婚式からビデオを使い始め、ブラジルの景色を動画でも残している。撮影は、もっぱらパートナーが担当している。
私自身、旅行中は体調とその土地に慣れるのが精一杯で、ブラジル国内では、治安を気にしながら撮影するデジカメでいっぱいいっぱいなのだ。やっと慣れるとシャッターの回数が増える。だから、ビデオまでは気が回りにくい。新婚旅行でいったフェルナンドヂノローニャとレシフェ、オリンダ、ポルトヂガリーニャ、母と妹と行ったイグアス、ベレン、そしてリオ、6月のサンルイスを見てもらった。
そのあと、みんなで中華街へ。妹も合流して、北京ダックに、エビチリ、ふかひれスープもでてきた。レモンを絞って食べる杏仁豆腐を食べて、最後に青菜中華そばでしめた。紹興酒もたくさん飲んだ。みんなで食べると美味しさは増すと思う。実際とってもとっても美味しかったし、ものすごく楽しかった☆

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2004/10/29 心底満足

私は母が作ったチーズケーキが大好きで、クリスマスだろうが、誕生日だろうが、「何のケーキがいい?」と聞かれれば、「マーマのチーズケーキ」と言っていた。そのくらい大好きだ。朝食から、チーズケーキを食べて、心底満足した。そのあと、母と横浜をぶらつく。高島屋でファンデーションやビューラーの替えゴムを買って、地下の食材屋で、好きなお菓子や譲れない調味料を買ってもらった。だいぶ贅沢な買い物。
夜は、職場でミーティングを終えた彼と彼の職場のお友達と横浜で飲んだ。焼酎のボトルを空けて、ラーメンも食べた。こういうの、大好き。

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2004/10/28 あっという間に終電

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母親と鰻を食べて、デパートを散策した。それから、有楽町で友達に会った。私が両親から結婚のお祝いにもらったネックレスを、私が出席できない友達の結婚式用に使ってもらうことにした。そんな形で参加できるのはとても嬉しかった。
そのあと、サークルの仲間と銀座であった。私は文房具が好きで、特にカードに目がない。伊東屋は大好きだ。友達が一歩先にお店について、閉店間際の私を誘導してくれた。ありがたい。おかげで、可愛いカードが手元に残っている。それから、予約してくれていたイタリアンへ30分前から入って、飲み始めた。
私たちのインドの話や、友達夫婦のハワイのサイクリング大会の話。写真やデジカメの動画を見て、楽しんだ。予約した8時ごろから、友達が集まり始める。総勢10人。学校も会社も違う、だけど大事な飲み仲間。それぞれに変化があってかなりおもしろかった。何より、忙しい中時間を作ってくれたのが、本当に本当に嬉しかった。気がついたら終電。あっという間だった。日本も安全じゃないというけど、終電で帰れるんだもん、安全のレベルが違う。

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2004/10/27 芋娘会

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私は今28歳で、女の友達の結婚が続く。サンパウロに生活をしている間に、友達たちの結婚式があることも多い。友達になったきっかけは色々ある。
この日夫婦で夕食にお邪魔した友達は、中学時代に通っていた横浜の塾つながり。中学校も高校も大学も違う。だけど、ずっと連絡を取っていた。大学になって、自由な時間ができるようになったとき、会ってみたら、とっても楽しかった。彼女の結婚式には出れなかったが、たくさんの写真を見せてもらった。
私たちは何よりアルコールが強かった。だから、一緒に食事をすると、ススムススム。あるとき私たちは、福岡で勉強していた友達の家に旅行した。そこで芋焼酎に出会った。かれこれ4,5年前。焼酎ブームになる前のことだ。彼女の家で、出会ってしまった焼酎にはまって、それから「芋娘会」を作って、集まれば一緒にいも焼酎を楽しむことにしている。そして私が、芋焼酎好きというのは、みんが知っていること。9月に遊びに来てくれた友達も、芋焼酎持参で来てくれた。お正月にあけようかと思ってるよ。ありがとう!

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2004/10/26 雨の京都

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朝から雨だった。昨日の晴れが嘘みたいに雨が降っていた。ホテルをチェックアウトして、京都駅のロッカーに荷物を預ける。気温もグングン下がって、ロングブーツがちょうど良く感じる。バスに乗って、慈照寺(銀閣寺)へ。砂の向月台があり、手前には、波のように見える銀沙灘がある。渋い感じがいい。庭には、茶道に今でも使われるお茶の水がある。ちょろちょろと、でも細いながらもきれいな水がありました。庭のほんの2,3本の紅葉の枝が色づいていて、それも私には嬉しかった。
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さらにバスに乗って、再度清水寺へ。雨のせいで、景色は良くなかったけど、やっぱり清水さん。二度もこれて嬉しかった。清水の舞台は釘を一本も使っていないと聞く。ほんとすごいと思った。バスにも、元が取れるだけ乗れて、だいぶいい気分になった私。
京都駅の上のたくさんのラーメン屋が集まるフロアで、京都の宝屋というところのラーメンを食べて東京へ戻る。京都駅に入ったデパ地下で買ったおはぎを新幹線の中で食べて、ほんと幸せなひと時。平日に京都に旅行なんて、なかなかできないこと。とてもうれしかった。
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2004/10/25 晴れの京都

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京都に旅行に来たのは、5回目になると思う。その時々に良いと感じるものは違っているけど、今回は自分たちがのんびり回ることを一番にした。嵯峨野も行きたかったし、比叡山や宇治にもいってみたかったけど、それはまたいつか。今回は、のんびりと近いところだけ見ることにした。2日間有効の周遊パスを買って、まずは鹿苑寺(金閣寺)。大文字焼きの「大」が山に残っている手前でバスをおりて歩いた。天気がものすごくよく、風がなかったので、鏡湖池に金閣がきれいに写っていた。池に青空の青い色も映る。それくらいいい天気だった。
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それから歩いて龍安寺へ。石段の正面の建物のなかに入るとき、靴を脱ぐ。私は皮のロングブーツを履いて、金閣寺から歩いてきたので、ブーツを脱いで、ひんやりした板の間を歩く気持ちよさは、疲れを癒すほどだった。龍安寺といえば、枯山水の石庭。石庭は、いろんな風に見えるという。虎の子が川渡る様子とか、心という漢字とか。じっと座ってみていると、確かにいろんな風に目に入ってくるが、そのうち、自分の心で見えるものが、ぱっと浮かんで来るんだと思う。そのあと、寺の敷地内にある湯豆腐屋で、七草湯豆腐を頂いた。生姜だれで頂く湯豆腐が、こんどは内臓を癒す。あぁほんとおいしい。
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さらに歩いて、仁和寺へ。国宝の金堂は、京都御所からの移築のものだとか。それから、白い砂の南庭を見た。そこには勅使門っていう、天皇しか通れないきれいな門が見えてたよ。さらに奥に進み北庭に入った。その美しいこと!
池のある美しい庭。中学生の修学旅行の男の子達が、「ここ気に入った」「ちょーきれいぢゃん」「サイコー!」と騒いでいた。美しいものを美しいと感じる心があるなら、まだまだイマのコだって、大丈夫って思ったよ。書院をむすぶ回廊は時代劇に使われそうな感じがしたよ。襖絵も、とくに北庭に向かう途中の桜の絵が、そこに春の暖かくなり始めた日差しが集まりそうなくらい上手に描かれていて、良かったよ。
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仁和寺の前にあるお茶屋さんで、お団子とぜんざいを頂いて、バスに乗りついで夜の清水寺へ。夜間紅葉鑑賞会ではなかったので、18:00には閉まってしまう。閉まる頃には真っ暗になっていた。門前のお土産屋さんも店じまいがちらほら。満月が五重塔にかかるようにあり、それはそれはきれいな景色でした。

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2004/10/24 京都へ行こう

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京都へ行った。東京駅で京都のガイド雑誌を買って、新幹線でお弁当を食べて、ぴゅーっと京都へ到着。新幹線って本当に早い。京都駅が変わっていて驚いた。出張で通ったことはあったけど、外から駅を眺めてびっくり。モダンな京都駅になっていた。
東本願寺と西本願寺を見て、夜はパートナーのお友達と夕食した。豆腐や湯葉の京都の料理を堪能した。

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2004/10/23 パーティ

今日はパートナーのお姉さんファミリーのおうちに、パートナーの両親と一緒に訪れた。一週間早いハロウィンとパートナーのパパのお誕生日のパーティをすることになっていた。いつも私はバタバタで、時間がわずかな中、みんなと楽しいパーティをした。夏休みやピアノの発表会の映像を見て、目にも美しいご馳走をいただいた。とても素敵なプレゼントも頂いた。
結婚してよかったと思うことのひとつには、大切な人が増えるということだと思う。私は彼の家族も大好きになっているし、とても大事に思う。
そのあと、わたしは大学の友達が集まる牛久へ。クラスの女友達10人のグループの仲間だ10人ってやっぱり多い。だけど、全員揃わないまでも8人が揃い、夫婦で参加する子もいて、楽しかった。会わなかった時間より、こうやって近況を話し合っているだけで、なんとなく学生のときのようなノリになる。それが懐かしく、うれしかったし、そういう場所があるのが、やっぱりありがたいと思った。
牛久から、千葉へ戻る帰りの電車のなかで、地震があった。ちょうどホームに電車がいるときだったけれど、大きく揺れた。それが、新潟であんな惨事になっているなどと、このときはもちろん気がつかず、むしろ久々の感じた地震に、「あぁ火山の国、日本だな」と思った程度だった。

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2004/10/22 東京ディズニーシー

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台風と低気圧が過ぎて、とても天気がよくなった。予定していた東京ディズニーシーを決行。私も彼も体はだいぶ疲れていたけど、私はパートナーとどうしてもディズニーシーに行きたかった。お昼にイクスピアリでとんかつを食べて、元気を付けていざ!
目に飛び込んでくる景色とインドとのギャップに、複雑な想いがあったが、午後最初のパレードの音楽に乗って、気がつけば、一緒に踊っていた。まず海底2万マイルにのって、センターオブジアースに並んだ。もう次の次くらいのときに、セーフティなんとかが発動されて、運転停止。優先券をもらって、出てきた。だいぶショックだったよ。次にインディジョーンズに行ってみたら、こちらも運転停止。子供向けの小さいジェットコースターは動いていたので、これに乗った。平日なので待ち時間は20分程度だった。そのあと、パレードを観に行ったら、プログラムの変更があり、シケシケの地味なパレードだった。夕暮れになり、大型客船から東京湾を眺めていた。全然つまんないぢゃん!!
この日は結局原因不明の停電で、18時に閉園(そのあとテレビのニュースで知った)。シーの券で、ランドにいくこともできたし、一年間有効のチケットももらえた。私たちは、海外駐在なので、全額返してもらえた。返金してもらったので、ちょっといい気分になり、(舞浜駅までの電車も無料だったし)お鮨を食べて、イクスピアリで夜空に打ちあがる花火をみて、満足して帰ったよ。

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2004/10/21 史上最強の台風後

成田に到着したとき、雨が降っていた。秋晴れを期待していたから、残念だった。自宅に電話すると、母が定刻に着いたことを驚いていた。健康診断に、再検査が出てしまったので、そのまま検査のために、都内に向かった。そのあと、スタバでコーヒーを飲んで一息ついていた。日本の景色を見ながら、インドとのギャップに不思議な気持ちになっていた。
横浜のおうちについて、テレビを見たら、違う驚きがあった。大被害が映し出されている。昨晩の台風は、10月上旬のより、もっとすごくて、被害が大きかった。両家両親が、インドからの到着を驚いたのも無理はなかった。

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2004/10/20 デリーとインドの食べ物

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デリーには定刻に到着。ニューデリーはなんだかとっても都会に感じる。信号はあるし、車線があるし、道は整備されている。まずはフマユーン廟。フマユーン廟は、タージマハールに影響を与えたお墓。久々に人がいない静寂に包まれて、それだけで感動した。
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次に、第一次世界大戦に従軍した兵士を慰霊するために、イギリス人の設計よって作られたインド門。さらに、建国の父マハトマ・ガンジーが荼毘にふされたラージガードや、ラールキラーというアグラ城をまねたお城を見た。
それにしても、インドは、すごかった。ガイドさんに、「インドの人口はどのくらい?」と聞いたら、「今頃は10億人を突破してるよ」と返って妙に納得しました。どこを見ても人だらけ。統計を取ったときの数値は、結果が出た時点ではるかに違いそう。「インドはどのくらい前からあるんですか?」と聞いたら、ガイドさんは「今まで一番難しい質問です」と考え込んでいました。ヒンズー教が5000年前からあるんですから、もっと古いんでしょうね。(↓ラールキラー)
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一週間つっききりのガイドのシンさんは、シーク教徒。ベジタリアンでした。シーク教は、体毛は生まれてからそのままだそうです。髪も髭も長いんです。頭にはターバンを巻いていて、お髭も中にまいていました。シーク教徒の特徴は、銀のバングル、見えないけど、頭には金の櫛、ターバンを巻き、髭があります。今のインドの首相もシーク教徒だそうです。シンさんは、インドの占いによって、ガイドになったそうです。日本にきたことがないのに、日本語が上手で、知らないことがあるとメモを取ります。とても勉強家のシンさんに、日本からカードを送りました☆
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「インドの食べ物」
食事もフルセットだったし、お腹も壊さず超健康。カレー三昧でご満悦でした。あ、そうそう、カレーについてくるナンは、小麦粉で出来ていて、インド人はあまり食べないそうです。どちらかというとチャパティ。これはふすまとか雑穀がはいっているナンみたいなやつ。私もチャパティのほうが、味があって好きになりました。カレー三昧といっても中身は色々。豆、チーズ、マトン、チキン、ジャガイモ、オクラ、ほうれん草など。2,3種類のカレーが毎食出てきます。
たまにタンドリーチキンがあったり、おつまみのスナックもピリカラで、インドの食事は美味しかった☆なんとなく野菜欠乏になった気はしましたけれど。タンドリーチキンはヨーグルトに漬けたチキンをスパイスを付けて、かまどで焼いたもの。更にインドといえば、スパイス。食後の口直しには、フェンネル(ういきょう)を含んだり、カレーには何種類も混ぜるという。生活に必要不可欠なスパイス。私は、ガラムマサラを買ってみたよ。
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デザート(↑)は、ブラジルにまして甘いです。加えて、油っぽい。全部食べることは無理。飲み物は、やっぱりチャイ!まずミルクを沸かして、更に紅茶を入れて沸かし、最後に漉したミルクティ。生姜、シナモン、カルダモンが入っているのは、マサラティーと言うらしいけれど、チャイといえば、どっちかが出てきていたよ。ビールは、私はイマイチ。生ビールがないし、もうちょっと炭酸が強ければいいのに、と思いました。インドのアルコールというと、ラム酒だそうです。

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2004/10/19 ガンジス河とインドのトイレ

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朝早く起きて、ガンジス河へ。日の出と共に、ガンジス河に入るのが、宗教的な意味を持つ「沐浴」とのことだった。ガンジス河で沐浴すれば、全ての罪が流されるというヒンズー教の大聖地だ。ガンガ(=ガンジス河のヒンズー語)には、沐浴する人、洗濯している人、口をゆすぐ人、肩までつかる人、さまざまな光景が見える。蛇に噛まれた人、妊婦、赤ちゃんは火葬できないそうだけど、普通の遺体は火葬して、遺灰を河に流す。でも、私たち、死体見ちゃったよ。足だけV字になって見えたけど、つるんとしていたし、灰色だったから、何ですかってガイドさんに聞いちゃった。
日の出は、美しい。富士山の日の出も、アマゾンの日の出も見たけれど、太陽が出る姿は美しいよ。毎日こんなに美しい出来事が起こっているなんてね。世界のどこにも日は昇るのに、日を仰ぐ目は同じなのに、どうしてどこかで人同士が憎しみ合うんだろうかと、ふと思ったよ。
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路地を通って、車に乗り、ホテルへ戻った。それからサルナートへ向かった。サルナートはお釈迦様が最初に説法した場所。遺跡となって残っているのをみると、ちょっとドキドキする。え、あのお釈迦様がここに居たの?って感じ。近くの考古学博物館へ行って、インドの国章になっているのを見たよ。夜行電車で、デリーへ。一等車で13時間の移動だ。
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明け方、外を眺める。窓は開かないけれど、外は十分見える。インドのトイレについて書いておかなくてはとおもった。
「野トイレ」が普通。朝は草むらで、多くの男性が野トイレをするため、しゃがんでいる。女性は、朝早くとか、隠れてするらしいが、男性は電車が走っていてもきにしないし、並びトイレもしていたとパートナーに聞いた。右手に水の入った桶をもち、左手で洗って終了。ある意味、ウォシュレットだけど・・・ね。もちろん、観光地やホテル、レストランは、洋式水洗トイレが普通にありました。

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2004/10/18 インドで電車

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タージマハルのあるアグラから、インド国産車アンバサダーに乗って、鉄道のある駅まで行った。早めについたので、
バザール(市場)でおろしてもらった。ナスやカリフラワー、トマト、バナナ、パパイヤ、マンゴー、りんご、砂糖、豆などが売っている。小さい荷車にビンディが売っていたので、ひとつ包み買った。ビンディは、眉の間につけるおしゃれのシール。未亡人以外は、誰でもおしゃれのために付けられる。
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ところで、この市場に降りてから、いろんな人がついてくる。小さい子や高校生くらいの男の子。自転車でずっとついて来る子もいる。ガイドさんに、なぜだか聞いてみたら、私が(外国人が)珍しいからだという。
駅はいろんな匂いが立ち込める。糞尿の匂いから、食べ物の匂い、雑多ないろんな匂いがあふれていた。電車は、腰痛もちの私のこともあり、長時間ということもあって、一等車に変更してもらっていた。個室で二段ベット。クッション素材だし快適だ。ガイドさんのいる二等車はカーテンで仕切られただけらしい。更に三等は床にも人が座っていた・・・。電車に乗っていると、チャイやスナックの売り子が通る。何も買わなかったけど、おもしろい。途中1時間遅れて、10時間後に目的地ベナレスに到着した。
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2004/10/17 インドのハイライト

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ジャイプールの「風の宮殿」を見た後、アグラへ向かう。風の宮殿は窓がたくさんあって、そこから昔、宮廷の女性がバザール(市場)を見下ろしていたところ。高さがあるのに、奥行きがない不思議な5階建ての建物。車で5時間、アグラへ到着。まずは1565年に出来たアグラ城を見学。
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ペルシャ建築のアーチ型が目立つ、細部までこだわった美しい建築物。建築狂の王様が、娘のために立てた建物部分には、今はガラスだけど、当時は本物の宝石が散りばめられた噴水つきの居間があった。ほんとすごかった~。アクバル帝は宗教の融和を図った人だったらしく、第一夫人はヒンズー教、第二夫人はキリスト教、第三夫人はイスラム教だったらしい。
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そのあと、今回の旅行のハイライト!タージマハールへ。タージマハルは、お墓。タージマハールを作ったシャージャハーンは、奥さんムムタズとの間に14人?の子供がいた。最後に生まれた一週間後に奥さんは死んだけど、そのときに、奥さんは王様に3つの約束を遺したそうだ。ひとつは、他のひとと結婚しないこと。二つ目は、自分の記念碑をつくること。三つ目は、生まれたばかりの末っ子を次の王様にすること。王様は、大好きな奥さんの言うとおり、22年かけて記念碑としてタージマハルをつくり、結婚もしなかった。でも末っ子を王様にはできなかったんだって。長男が、王様(自分の父親)すら幽閉し、兄弟を殺して、長男が王位を継いだからだそうだ。
それにしても、タージマハルは言葉にならない美しさ。真っ白な大理石に全てが対称で誤差なし。タージマハルを囲むように4本の柱があるでしょ。方角を示しているそうだけど、地震が起きて万が一、タージマハルを壊さない
ように、わずかにこの4本の柱は外向きに出来ていたよ。
コレを設計した建築者は、もう二度と同じものが出来ないように、腕を切られたそう。この話って、モスクワでみた聖ワシリーの設計者も同じ。目をつぶされたってきいたよ。
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2004/10/16 アンベール城

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象に乗ってアンベール城へ向かう。ジャイプールの威信を掛けて16世紀に築かれた城。美しい鏡で装飾された勝利の間、舞踏を踊らせ、月を仰いだ屋上も見事だった。鮮やかなサリー姿の女性が目立つのは、もうすぐお祭りの時期だからだという。お城の中は、工夫がいっぱい。窓を蜂の巣のように細かく区切ることで風圧を強くして、涼しくしたり、水が波打つように細工された庭への水路や、王様を迎えるときに花びらを降らせる小窓、貴重品を隠した金庫など、おもしろかった~。
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織物の有名な町なので、サリーを試着してみた。シルクに金糸だからといって4万円弱はおかしい。ありえない。試着して写真だけで満足。観光客価格にしてはひどすぎる。
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白い寺院はお金持ちのビルラー家が建てたビルラー寺院。総大理石が夕日にあたり、ヒンズーの教えを絵にしたステンドグラスも美しかった。ひんやりした大理石をはだしで歩いたけど、気持ちよかったな。ここでインド人の女の子に声を掛けられたよ。英語で「あなたはかわいいね」って。「だからあなたたちも可愛いわよ」ってパートナーと言ったら、恥ずかしそうに笑って行っちゃった。なんだか嬉しいね。
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2004/10/15 インド・ジャイプール

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ホテルで朝食をとり、移動。目が覚めて窓の外を見ると、すごい光景。建物を修復する隣で、洗濯物が翻り、制服を着た中学生が通学する脇を牛が通り、ある人はくみ上げた水で顔を洗っていた。あぁ、インドに居たんだと実感した。ここはオールドデリー。旧市街。着いてから知ったことだが、なんと日本語ぺらぺらのガイドが旅行中ずっとつっききり、車も一台で移動!なんて楽チンな旅なんだろう。
デリーから車で約5時間。野良犬だけぢゃない。のら牛、のらヤギ、のら豚、のらイノシシもいる。らくだは荷を曳いていた。そして、ラジャスタン州の州都ジャイプールに到着。ここはピンクシティといわれる。理由は赤い砂岩から町の建物ができており、ピンク色に見えるからだという。まずは今もマハラジャの住むシティパレスを見学。そのあと、1728年に出来て、1901年に修復されたジャンタル・マンタル(天文台)を見た。日時計もあり、2秒刻みに計れるという。スゴーイ!!
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2004/10/14 インド・デリー

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エアインディアでデリーへ向かった。サリーを着たCAは、恰幅のいい女性。早速食前のアルコールを飲もうと、ビールを頼んだ。すると、私とパートナーにそれぞれ2缶ずつ。おつまみも適当につかんだだけくれた。ワイルドだ!だけど、ツンケンしたかんじぢゃなくて、とっつきやすいおばちゃん風。機内食はやっぱりカレー。約8時間して、デリーへ到着。
ガイドさんは、ターバンを巻いたインド人。日本語がぺらぺらだった。案内されるままに車でホテルへ到着。ホテルのレストランで夕食をとり、睡眠。写真はインド国産車アンバサダー。コロッとしていて可愛い。

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2004/10/13 準備

明日からインドへ旅行する。どうしてインドかといえば、私たちのどっちも行ったことがないから。パートナーは結構旅行しているけど、インドはなかった。家族構成が変わったら旅費もかさむだろうし、へたにバックパックの旅行も出来なくなるだろうし、英語通じるし、と言い訳をつくり、インドへ行くことにした。バックパックだけど、旅行会社のフルセットのツアー。ただ金額が安かったので、どうなるのかが気がかりだったけど、ひとまず衛星用品には特に気を遣い、トレペも持参。腰痛用の薬とコルセットもフル装備でパッキングした。

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2004/10/12 お祝いディナー

今月末に結婚する友達のお祝いをした。女の子だけで食事会をした。表参道のフレンチ。私の結婚が決まったとき、彼女たちは、私を小旅行に招待してくれた。天気のいい秋の下田。舟盛つきの夕食に眺めのいい部屋。翌日の水族館も、防波堤の散歩もよかったし、ランチの鮨も最高だった。
今回私に時間がないので、お夕食となった。早めに待ち合わせ場所についた私は表参道をお散歩。オフィスが青山だったから、この辺りは庭のようだった。おいしいケーキ屋さんがたくさんあるしね。久々にきたら、益々ブランドストリートになっていて驚いちゃった。
選んでもらったレストランは、小さいけれど食器も素敵だったし、味もよかったし、お値段も手ごろでよかったよ。旬の白子を注文したら、汗をかいたシェフ自ら出てきて「重いですけど、いいですか?」と聞かれた。どのくらい重いのか分からず、どうにかなるだろうと、OKしたのだが、やっぱり重かった・・・。それにしても私たち話が弾みすぎて、多分どのテーブルよりもうるさかったけれど、それが許されるような雰囲気のいいレストランでした。

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2004/10/11 それぞれ

私の高校の仲良しは、高校卒業後アメリカに留学。私の大学の仲良しも、卒業後費用を稼いでからフィリピンへ留学した。大学時代、お互い彼氏の話から、職業観、日本の国際協力のあり方、性差、異文化の捉え方、結婚観なんかを話していた。英語でディベートするクラスをとり、同じ環境経済学のゼミだった。ボランティアもしたし、へべれけになって飲酒運転したこともあった学生時代。
あっという間に時間が過ぎて、私はパートナーをみつけ一緒にいる。彼女も来月結婚式をする。一時帰国が決まったとき、連絡をつけ、既に新居を持った彼女に会いに行った。かれこれ4,5年ぶり。話したいことも聞きたいことも山ほどたくさんあった。でも、彼女の顔を見たら、話どうこうじゃなくて、この時間を楽しみたくなった。他に大学時代の友達2人と私のパートナー。友達のうち、一人は既に3人娘のママ。もう一人は既婚のキャリアで、ネットワークシステムのプロ。それぞれである。お茶の時間に訪れたのに、ワインを3本も空け、いろんな話を始める。イマのみんなが、イマ話したいこと。ほんとうに楽しかった☆

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2004/10/10 ヘアサロン

突然空いた時間に、母と父とランチに行った。とはいえ、朝食をたっぷり摂っていた私のお腹のヘリは少ない。主婦は休業。自宅にいたときとおんなじ振る舞いをしているから、自分のことだけすればよく、だから当然消費エネルギーは少なくなっていた。午後のヘアサロンまで時間があったので、両親と横浜をぶらつき、横浜三越の地下にあるたこ焼きと明石焼きのお店へ。だし汁に漬けて食べる明石焼きは、とても美味しい。やけどしそうになるけど、熱い生地をオイシイと感じるときには、生地はもう喉を通っていて、なんとなく食べたりない気持ちになる。だから、次々と箸を運ぶんだろう。ほんと美味しかった。
私の美容院は、広尾にある。学生時代からお付き合いしているスタイリストさん。最初はヘアモデルだったので無料でやってもらっていた。その彼は、今は店長だ。こなかった8ヶ月に、アシスタントだった子たちもステップアップして、
お客さんを持つようになっていた。そんな成長もうれしかった。ナチュラルにまとめてくれる彼は、私の母も妹もたくさんの友達も素敵にしてくれている。私は髪の量が多い。久々だったので、彼は「りこちゃんの髪を梳くだけで3人分だよ」と笑いながら言う。腕がいい、甘い物好きのスタイリストさんだ。

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2004/10/09 台風×新幹線

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旅館を出るとき、女将がアンパンをくださった。パン屋さん毎日焼き立てを買いに行き、旅立つ人に持たせているという。道中小腹が減ったら、どうぞ、と。小さいけど、ずっしりのアンパン。心にもどかんと感謝がわく。足湯の気持ちよかった鳴子を後にして、仙台へ。ドライブしていて楽しみな「道の駅」。農協などが入っている地場の生鮮食材が並ぶところ。私はそういうのが大好きで、味噌の紫蘇巻きとしいたけとなめこを買った。見るからに、美味しそうだ。
仙台でパートナーとは別行動。パートナーは、研究室の記念講演のため、まずは大学へ行き、夜は蔵王へ。私は、伊豆へ飲み合宿☆・・・の予定だったけれど、史上最大の台風のため、キャンセル。台風と向かい合う新幹線に初めて乗った。台風直撃の前なのだけど、こんなに新幹線ってうるさかったっけ?と思うほど。風と雨が窓を打つ。窓から見える景色では、畑がプールになっているのをみれた。私の新幹線も遅れず、東京へ。既に本数の減っているローカル線にのり、横浜で両親に迎えに来てもらった。横浜駅から車に乗り込むまでの、ほんの30秒なのに、わたしはぐっしゃりと濡れた。傘は、気持ちのためにあるようなかんじ。

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2004/10/08 鳴子

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ちょっとした晴れ間を見せる天気の中、鳴子峡をお散歩。人も少なく、水の音が気持ちいい。頭の先っちょから、全身を流れていくような心地よい音をさせて、濁りのない水がながれていく。鳴子の町の中には、足湯がいくつもあって、足湯につかると、足が軽くなる。お湯の中に疲れが出て行ったように、ふっと軽くなって、体があったまってくる。名物の栗だんご(串のないみたらし団子の中に栗が一個はいってる)を食べたり、日本一の酸性湖「潟沼」へ行ったり、こけしをみたりした。ちなみに鳴子はこけしの最も古い生産地だとか。温泉神社というのがあり、そこには、鳴子温泉が、『続日本書紀』にも玉造の湯として登場するほど古いとあり、びっくりした。奉納相撲も行われるらしい。
町の中にある早稲田大学の学生が掘り当てた温泉に入った。女湯は私だけだったので、ひとりで歌を歌っていた。そこに、近所に住むと言う女性が入ってきた。お互いの話をして、いろんなことを教えてもらった。夜は宿のお風呂に入っていた。女湯には元気なおばあちゃんたちがたくさん入ってきた。彼の居る「混浴」に、気にせず入る私と違って、おばあちゃんたちは恥ずかしがって大きい混浴風呂にはこなかった。可愛いと思った。
地方に住む人のコミュニケーションというのは、なんだか共通している感じがする。なんだかとってもあったかくて、心地よくて、こちらも顔が緩む。ブラジルのノルデスチ地方でも、同じようなことをかんじたもん。
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2004/10/07 松島

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午前中は、奥松島の大高森に登った。小高い丘で、蔵王や栗駒山が見える絶景のポイントだ。野蒜海岸やコスモス畑にもいって、松島へ向かった。
日本三景のひとつ、松島。湾内にはたくさんの島が浮かぶ。遊覧船に乗ったら、それぞれに名前がついているのを知った。ベレー帽をかぶり、パイプをくわえた仁王さまに見立てた仁王島、他にも夫婦島とか毘沙門島とかある。それから、松尾芭蕉も詣でた瑞巌寺へ。偶然国際会議の関係で、訪れていた前職の友人と会えた。お昼はあなご丼。腹ごなしに朱色の福浦橋を渡って、松島のひとつ福浦島を散歩。秋晴れがどこまでも続く気持ちのいい日だった。
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それからこの日のお宿のある鳴子へ向かった。湯治(温泉の治療)でも有名な鳴子は、いたるところに湯煙が上がっている。鳴子では貸切のお風呂や露天風呂がいくつかある旅館に泊まった。あぁ、日本っていいな、と感じる。鳴子のお湯は、湯の花が舞う。温泉のお湯は、やわらかくて、肌にまとわりつく感じで気持ちがいい。
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2004/10/06 グリーン購入世界会議・奥松島

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私の前職は、環境配慮方製品の購入をすすめるNPOだった。新卒で入った最大手の金融機関より、給料は安くなったけど、私は仕事のやりがいを感じ、休日返上、終電帰宅さえ気にならなかった。出張に行き、学生時代に書かなかったようなレポートも書いた。大臣を紹介する司会もしたし、公費で講師もしたし、海外出張もいった。
その分野の世界会議があった。仙台市長も環境副大臣も来ていた。何より懐かしい面々がそろい、それだけで嬉しかった。
午後はパートナーの研究室をみて、キャンパスをドライブして、彼が住んでいたアパートを見た。伊達政宗の像を仰ぎ、やっぱりタンシチューを頂いた。おいしいな~。午後は奥松島へ向かった。
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宿泊先を奥松島にしたのには、理由はない。松島と同じ場所だと思っていた程度だった。奥松島は、東北の伊豆と呼ばれるそうで、気候は暖かく穏やかだそうだ。泊まった民宿の食事は、海産物のオンパレード。どこから手をつけていいのか分からない。新鮮でおいしかった。部屋だけではない、この辺り一帯がとにかく静かだった。とても素敵なところだった。
私の田舎は、父の東京と母の山形。山形に行くことは殆どなかったから、田園風景が、私の「田舎」という記憶はない。なのに、刈り取られた稲穂が積まれて、水田には、空と山が鏡のように映り、夕焼けが広がり、雲が輝くのを見ると、心が落ち着く。なんて美しいんだろうと思う。
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2004/10/05 杜の都

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パートナーの運転で仙台にきた。ここはパートナーが学生時代をすごした街。そして、明日から私の前職の国際会議が仙台で始まる。だから、一時帰国の休暇もあわせて帰ってきた。夕食はもちろん牛タン。むふふ。うまい。更にその後、上司や同僚が、前日なのに集まってくれて、飲み会@仙台国分町。牡蠣やお刺身、日本酒や焼酎で乾杯。会議の前夜祭と私の無事の一時帰国のお祝いだ。懐かしい面々に囲まれて私は、人に恵まれたことを感謝しました。

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