2005/08/12 360度サンパウロ

0812_12サンパウロで一番高い塔に登った。Banespという銀行のビルで、平日に無料で登ることができる。ブラジルに旅行に来たとき、彼と二人でセントロ(旧市街)を歩いた。ブラジルに駐在で来て、友達を含めてよくセントロを歩いたけど、二人で歩いたのは、今日が久しぶりで、最後だ。最初に友達だった彼は、今はパートナーとして、私の横にいつもいてくれる。
サンパウロに始めて来たときは、私は旅行者で、ここの治安の悪さが分からなかった。一人で旅行したモスクワの方が、よっぽど怖かったから。生活して、治安に敏感になった。お日様と一緒に行動し、家を出たら、気を張ることを覚えた。日本とは違う生活。友達も一から作らなくてはいけなかった。だけど、ここでは、パートナーがいつも居てくれた。きっと日本ではこんな風にはいかない。だから、私はとても恵まれているのだと思う。
0812_5サンパウロを一望した。大きなサンパウロ。私が生活していたのは、本当に小さい地域だったけど、パートナーと共に過ごし、たくさんの友達に恵まれ、毎日心身ともに健康で幸せに過ごすことができた。私はラッキーだな、と思う。心からありがとう。

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2005/08/04 海と蟹はサントス

0804santos_5やっぱり海が好き。日焼けは、真っ赤になって痛くなる体質だから苦手だし、痛いのは嫌いだから日焼けしないように心がけているけれど、太陽サンサンの晴れた海がすき。
毎週のように通ったブラジルの海を見納めに行ってきた。目指すはカランゲージョ(蟹)とムール貝とビール♪そして、今日はサントスに住むお友達に会う最後の日でもある。たっぷりの玉ねぎとオリーブオイルで蒸したムール貝をつまみながら、いろんな話をした。きっと話は尽きないのだけど、時間はみんなに平等で、あっという間に帰る時間。またいつか会えると思うから、今生の別れだとは思わない。
0804santos_9サントスは、冬とは思えない気温で、海で泳いでる人も、ビーチで日焼けを楽しんでいる人もいた。遠くに見える大きな船が南米最大港のサントスらしい。
海はどこかでつながっているように、人もいろんなところでつながって、世界の広さとココロの距離が分かるんだね。

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2005/08/02 さすが☆サンパウロ

0730_59土曜日の20時半ごろ、イビラプエラ公園の近くを通った。夜は昼に増して、ピストル強盗も多いので、窓を開けることは絶対ない。防犯用の「盗られてもいいバック」を膝の上におく。イビラプエラ公園にある湖では、有名な水のアーティストが作った噴水に、照明で色がついていた。閉めていた窓からでも、音が聞こえたので、辺りをぐるりと確認して、窓を少し開けた。そこからクラッシック音楽が、勢いよく車内に流れ込んできた。音楽にあわせて噴水が動く。0730_55
水の霧の幕ができて、そこに写真が映る。サンパウロの名所、子供たちの笑顔、美しい花々など。音楽もクラッシックから、サンパウロを歌った歌から、子供向けの歌など。車を止めて、見とれてしまった。とてもとても素敵な演出だった。さすが!南米最大都市サンパウロ♪

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2005/08/01 私たちの樹

0731_5ブラジルに何か残したいな、と思っていた。このサンパウロの土地に、私たちは樹を植えた。イペーの黄色とセドロドブレジョという樹。自分達で樹の種類は選べないが、この土地にあっていて、盗まれない(=果物ではない)49種類から振り分けられる。
場所は飛行場へ向かうアイルトン・セナ街道の脇、チエテ・エコロジー公園の中の一角だ。サンパウロ州の森林院がやっている。看板には、「Bosque da Diversidade(多様性の森)」がポ語をはじめ、ユダヤ語、アルメニア語など寄付に応じた人の母国語で書いてあった。日本語では「豊饒の森」。0731_2
私達は去年の3月に植樹したが、その日は都合が悪くて、森林院の人に代わりに植えてもらった。今日は、自分達の樹と対面して嬉しかったなぁ☆ブラジルの土でブラジルの太陽を浴びて、育つ樹。50センチの苗は、既に1メートル近くに育っていた。
ブラジルに樹を植えて、樹はいつか森になる。森は木陰を作り、木陰はたくさんの小鳥や多種の生物を育てる。そんな森になる樹をブラジルに植えることができて嬉しい。いつかこの樹を見に、また来たいなぁと思ったよ。永年管理で一苗100R$。もう既に730本植えて、あと2400本植えたいそうだ。興味のある方は、メールを下さいね。

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2005/07/30 「寒」を求めて

0730_2サンパウロから190キロ、東京のイメージなら軽井沢というかんじの避暑地カンポスドジョルドン。でも、避暑ではなくて、こちらではわざわざ「寒」を求めに冬に行く。
噂でマイナスと聞いていたけど、到着したときには気温は17度。日差しのあるところでは暑い。日陰や風が出ると
寒かったけど、基本的には暖かかった。7月最後の週末なので(ブラジルの学校は8月から学校が始まる)、クラッシックコンサートなども開催され、大勢の人で賑わっていた。
0730_33友達夫婦と一緒にいって、座席のついたトラックに乗ったり、リフトに乗って山の上まで行ったりして遊んだ。お昼はながながと地ビールとホンデュ、ウインナーにザワークラフトを食べた。私達は今回2回目だけど、人が多いと、いろんなものを注文できるし、楽しいね。帰る間際には、ホットチョコレートとトリュフを食べた。ホットチョコレートが、そのままケーキに塗れるほど濃いチョコレートでびっくりしたよ。
ここは議員や社長やらが別荘を持っている場所だそうで、それゆえに道がいいとのこと。分かりやすいわ。快適な日帰り旅行でした♪

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2005/07/23 神さまの川

RioTieteサンパウロを流れる川の一つはチエテという。グァラニー族の言葉で「神さまの川」の意味だそうだ。川沿いを主要道路が走っているのだけど、車の窓を開けるとめちゃくちゃ臭い。川に流れはない。
この川は、日本の援助が入っている川だとタクシーの運転手さんにきいた。今まで洪水で道路が寸断され大変だったのに、洪水は工事を始めてから、一度しか起こらず本当に助かっているとのことだった。
私はこの川をもっと知りたくなった。縁あって、今日はボートでチエテを流れることにした。完成予定日が近いことと、乾季のうちに仕事をはかどらせなくてはいけないため、今日もたくさんの人が働いていた。ボートが風を受けて走れば、臭いはどうにか我慢できる。
いつかこの川の水が浄化され、川のある美しい街にサンパウロがなることを、私達の思い出の土地だし、大事な人たちがたくさん住む土地だからこそ、心から強く祈りました。

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2005/07/10 グァタパラ移住地

0710_18勉強していて興味があった日本人の移住地にやってきた。グァタパラ移住地、今日は入植43周年記念式典。昨年小泉首相が、この移住地の人の歓迎に喜び、急遽ヘリを降り立つことを決め、涙を流した地でもある。
このグァタパラ移住地は戦後1962年から第一陣が始まる。古くは、ココとは別のグァタパラ耕地に1908年笠戸丸の第一回移民が、通訳平野運平に引率されてきている。当時はマラリアで多く人がなくなり、今は移住地の人の手で「拓魂」と書かれた慰霊碑が置かれている。
0710_39この移住地も買ったときの思惑とは裏腹に、土地は痩せており、牛が沈むほどの深い沼地が点在し、霜害にもあった。移住地の人の苦労は、はかりしれない。だけど、特産品を売る人たちは陽気で、そんな苦労は見せていない。現在では出稼ぎに日本に行く人も多いと聞いた。
コロニアのお祭りには、季節関係なく鯉のぼりが泳ぐ。この日も大きな青い空に、鯉のぼりが泳いでいた。私は、特産の卵、お米、玄米、味噌、山くらげ、レンコンを買った。卵を買うとき、お釣りに戸惑う女の子がいた。日本語を一生懸命話している。そのあと、トイレで偶然会った。「名前はなんていうの?」と聞かれので、私も聞き返したら、「サチエ」と返って来た。彼女は、舞台で行われた太鼓演奏に出ていた。軽やかなリズムに、太く力強く響く音。0710_25
本で読んだことがあるグァタパラ。実際訪れてみることで、土地を感じる。そこに生活している人を感じる。この赤い土、背より高いサトウキビ、養鶏の鳥独特のにおい、乾いた空気。着ていた白いシャツがピンクに染まるような赤い埃。祭典にあわせて蒔かれたひまわりは満開。サチエちゃんのきらきらした目に映る故郷を感じた。

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2005/07/09 ショッピを飲みに320km

0709_2うちから約320キロ行ったところに、ヒベロン・プレットという街がある。もちろんまだサンパウロ州内だ。そこまでの街道沿いには果てしなくオレンジ畑やサトウキビ畑、コーヒー畑が続いている。どこまでも続く広大な土地、果てしなく広い大きな空。助手席で私はその景色にうっとりする。
0709_18ヒベロンプレットには有名な「ペンギン」というショッペリア(生ビール屋さん)がある。明日のイベント会場に近いので、今日はココで一泊することにしていた。ペンギンの場所は行けば分かると聞いていたけど、その通り!大きな噴水のある木々の立派な公園の前に、ペンギンはあった。1936年にできた歴史あるショッペリアだ。私達は19時過ぎに入ったのだけど、すでにたくさんの人がビールを楽しんでいる。公園に面したバルコニースペースが空いていたので、そこに座った。だいぶ寒い・・・。だから空いていたのだけど、私たちは革ジャケットに、私はマフラーという格好だったので、快適にビールを美味しくいただけた。外には列ができていて、早く入ってよかったと思った。おいしかったのよぉう☆

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2005/07/02 七夕祭り

0702_21今日は東洋人街の七夕祭り。いつも自動車いっぱいのガルボンブエノ通りは、歩行者天国になっていて、その頭上には、笹のアーチと七夕飾りが幾重にもなっている。それはそれは見事!
宮城県人会のお友達は、「ここのもきれいでしょ?」と日本と比べて言う。日本のはテレビでしか見たことのない私だから、ここので十二分に満足してしまった。0702_47
大盛況で通りはぎゅぅぎゅう。ポルトガル語で書いてある短冊をみて、「あ、そうだ!ここはブラジル」と不思議に感じるほど、日本があった。もちろん周りを見渡せば、当然来場者はブラジル人。手作りの風車を回したり、2-3人の女の子が短冊に何を書こうか、くすくすと笑いながら話していたり、下駄を見て、「見て!サンダルはかわいいね」と話したり、太鼓や阿波踊りに見入っていた。七夕飾りはブラジルの青空のもと、風になびいてくるくると、日本とbブラジルを混ぜるように回っていました。

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2005/06/05 音楽鑑賞

0605_27テアトロムニンシパウ(市立劇場)は、とても美しい。コーヒー景気のときに作ったオペラ座を模した劇場で、殆どの建材がヨーロッパから届いた贅沢なものだ。
午前中から、パートナーとオーケストラを聴きに来た。昨日は夕方からコーラスを聴きに来ていた。市の合唱団や交響楽団だからかもしれないけれど、昨日は200円、今日は600円くらいでアリーナ席に座れている。
チケットは、チケットマスターでもかえるけど、直接ここの切符売り場で、座席表を見ながら買うのが結局一番いいとおもう。0605_17
ジーパンにシャツにサンダルの私のいでたちは、全く浮かないのが嬉しい。気取らずに楽しめる。昨日のコーラスは、ポルトガル語だけだから全く分からない。単語がたまぁに分かる程度。だけど、ポ語が音楽みたいに聞こえて、愉快だったなぁ。「海にはお魚が何匹いる?」って男女別れて輪唱してるのは、聞いてる私が回遊魚になったような気分になれた。
オーケストラもとてもよかった。フルートの上手な人がソロで演奏する部分があって、まるでマシンガントークするかのようにフルートを自在に操る。呼吸しているようにおしゃべりするように崩れない音を奏でているのが素晴らしかった♪

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